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361号 注目の人 歌手/森口 博子さん

元祖バラドルから本格派へ脱皮。世界へ歌を届ける「ガンダムの女神」
森口 博子/歌手
Profile

森口 博子/歌手
福岡県生まれ。1985年アニメ『機動戦士Zガンダム』主題歌「水の星へ愛をこめて」でデビュー。その後、幅広い活躍でバラエティアイドル(バラドル)というジャンルを確立した。91年、映画『機動戦士ガンダムF91』の主題歌「ETERNAL WIND」が初のベスト10入り、同年からNHK『紅白歌合戦』に6年連続出場。今年8月には昨年NHK BSプレミアムで放送された『全ガンダム大投票40th』上位10曲をカバーしたアルバムを発売予定。



4歳から変わらない夢

5歳。『ちびっこものまね紅白歌合戦』に出場

5歳。『ちびっこものまね紅白歌合戦』に出場

2歳のころ。母と3人の姉たちと。香椎花園(福岡市)にて

2歳のころ。母と3人の姉たちと。香椎花園(福岡市)にて

 4人姉妹の末っ子として、福岡で生まれました。いつも誰かしらしゃべっているようなにぎやかな家庭で、それは今でも変わっていません(笑)。

 4歳のときからアイドルに憧れて、幼稚園の卒園文集にはすでに、「歌手になりたい」と書いていたくらい。小学校に上がってからは、お楽しみ会や昼休みにみんなに「歌って歌って」と言われると、喜んで歌ったりしていました。

 1年生のとき、『ちびっこものまね紅白歌合戦』の福岡予選に合格、東京・中野サンプラザでの全国放送される大会に出場しました。まぶしいライトの中、満席のお客さんの手拍子に合わせて舞台に出て行くワクワク感、生バンドで歌えるうれしさ。その快感を小学校1年生で知ってしまい、それ以来、病みつきに(笑)。それがライブの原体験です。

 小学校2年生のときに両親が離婚。母は、夜は配膳の仕事をして、その後、明け方まで魚市場で働いていました。港で積み荷を扱う仕事で、男性に混じっての重労働です。それらを掛け持ちでやり4人の娘を育てたのだから、本当に大変だったと思います。

 そのせいか、家族の絆は強いですよ。私以外は今でも福岡に住んでいて、お互い行き来しています。みんな仲良しで、私もよく里帰りします。

 母は、とても厳しかったです。あいさつは声を出してきちんと、とか、姉妹の1人でも遅れたり何か悪いことをしたりしたら連帯責任。高校野球の監督みたいな感じでしたね。

 でも、娘の夢にはすごく協力的で、私が将来歌手になることを誰よりも信じてくれていました。

 母は今、82歳ですが、東京と福岡をしょっちゅう行ったり来たりしています。飛行機のチケットも全部自分で取っています。重たい荷物も1人で持って。

ガンダムソングでデビューを果たす

16歳。左から順に、平尾昌晃先生、本人、母

16歳。左から順に、平尾昌晃先生、本人、母

14歳。オーディション用の写真

14歳。オーディション用の写真

 中学校に上がると、歌手になる夢を実現すべくオーディションを本格的に受け始めたのですが、全部落ちました。

 そんな中、NHK『勝ち抜き歌謡天国』の福岡大会で優勝。素人が作曲家の先生のレッスンを受けながら、地域名人を目指して戦うという番組でした。そのとき、平尾昌晃先生とペアを組ませていただいて、全国大会で準優勝したのです。そのご縁で、平尾昌晃歌謡教室(現・平尾昌晃ミュージックスクール)の福岡校でレッスンを受けることになりました。

 それがきっかけで、レコード会社の方から「今度オーディションがあるので歌ってみないか」とお声がかかりました。ガンダムの主題歌を歌う歌手を探していたのです。

 そして、高校2年生の5月にオーディションを受けたところ、合格。すぐ翌月から、レコーディングしたのが、デビュー曲『機動戦士Zガンダム』の主題歌「水の星へ愛をこめて」でした。

 レコーディングのとき、私を採用してくださったその方から、「上手に歌おうとしなくていいからね。大きな気持ちで、ていねいに歌ってね。この曲は君が大人になっても、何十年たっても歌える曲。だから君にもそういう歌手になってもらいたいんだよ」と言われたことが、今でも忘れられません。

リストラ宣告から紅白出場まで

1985年、デビューキャンペーンにて「水の星へ愛をこめて」を歌っているところ

1985年、デビューキャンペーンにて「水の星へ愛をこめて」を歌っているところ

 こうしてレコーディングが終わった後の夏休みに上京、2学期から堀越高校に転入しました。

 しかし、デビューを果たし順調かと思えた歌手への道ですが、そう簡単にはいきませんでした。デビュー曲は売れたのですが、その後がなかなか続かず、事務所の方針もあって高校卒業と同時に「福岡に帰った方がいい」と、リストラ宣告をされてしまいました。

 でも、私はとにかく歌いたかったので、「どんな仕事でもしますから、福岡に戻さないでください!」とお願いしました。

 それで挑戦したのが、バラエティーのお仕事でした。体を張ったものが多かったのですが、「この先には歌の仕事がある。大好きなことをやるために、次につなげるんだ!」という思いで、とにかく全力でやりました。その後、だんだんレギュラーが増えました。

 念願の歌も、映画『機動戦士ガンダムF91』の主題歌が初めてベスト10入りして、紅白歌合戦、全国ツアーにつながりました。1992年には、『夢がMORI MORI』がスタートし、デビューから6年、ようやく「歌手としてのスタートラインに立てた」と思えたころでした。

厄年を抜け好転した人生

1994年、バラドル時代。NHKホールにて「誘惑してよね夏だから」を歌っているところ

1994年、バラドル時代。NHKホールにて「誘惑してよね夏だから」を歌っているところ

 これまでの人生で、いちばんつらかったのは32歳、いわゆる女の厄年のときです。体調も人間関係も恋愛も仕事もすべてがうまくいかず、四面楚歌に。「いったい何が起こっているの?」という感じでした。

 もうちやほやされる年齢でもないし、かといって、キャリア的に説得力があるポジションでもない。中途半端で「私って必要とされているの?」と自問自答の時期。当時の写真を見ると「うわ、怖い、暗っ!」という顔をしています。

 そのころ、ファンの方から、「無理して笑わなくてもいいですよ」「ちゃんと食べていますか?」というお手紙をたくさんいただきました。こんな状態の私にも、手を差し伸べてくれる方がいる。そのありがたさを、改めて感じました。

 20代のころ、バラエティーのレギュラーが12本もあったため、忙しすぎた生活のツケが一気に回ってきたのでしょう。「きちんと食事を味わって、人間らしい生活を取り戻しなさい」という神様からのメッセージだと思いました。

 それからは、短時間でとりあえず済ませていた食事も味わって食べるようにし、できるだけ規則正しい生活を心がけて、毎朝20分のストレッチもするようにしました。

 笑顔と感謝と規則正しい生活。当時の私は、人として当たり前のことができていなかったのです。「これはきっと人生の毒出し。デトックスが必要な時期なんだ」と思いしばらく続けていると、人生が180度好転する出来事が起きたのです。

 東宝のプロデューサーの方が、「私で当て書き(演じる俳優を決めて脚本を書くこと)をしたい」というオファーをくださり、芸術座で2カ月間の初座長公演が実現することになったのです。

 その公演をきっかけに、舞台やミュージカルの出演も増えて、歌手として声量も表現力も、そして、活動もどんどん広がっていきました。そして昨年、NHKで行われた『全ガンダム大投票』で、40年の歴史があるガンダムの主題歌、360曲以上の中から、私のデビュー曲が1位に!そして、新曲もMV(ミュージックビデオ)やレコチョクの人気投票でも1位に!つらかった暗黒の時代がウソのよう。ファンのみんなが奇跡を起こしてくれました。

歌は祈り

KING SUPER LIVE 2018夏、東京ドームにて

KING SUPER LIVE 2018夏、東京ドームにて

 ガンダムファンのみんなは熱い!お互いの絆が強いのです。「生涯、絶対にブレない」と信じられる熱量があります。人格形成期に聞いたアニソン(アニメソング)は裏切りません。

 私自身もそうですが、好きだったアニソンはそのイントロを聞くだけで当時のドキドキワクワクがよみがえります。

 時間も流行も超えて、永遠にその人の心の中で輝き続ける曲。だからこそ、歌手はその思いに応える責任があると思います。ライブは、私にとって生命線であり最大の居場所。来てくれた方々に、歌を通じて幸せになってほしい。だから、歌は私にとって「祈り」なのです。

ファンとのふれあいが大好物!

 私は、新曲が出たら必ず「ショッピングモールツアー」をします。「ファンの方に、CDを購入していただいたりコンサートに来ていただいりしたお礼を直接言いたいから、絶対やらせて!」とスタッフにお願いして、いろいろな場所に行かせてもらいます。

 ショッピングモールでの握手会は、さまざまな交流ができる貴重な機会。「今日は私の誕生日で息子がDVDを買ってくれるので来ました」という親子連れ、「大学合格の報告です!」と言う男の子。さまざまなドラマを聞けるのがうれしくて、やめられないですね。

今日の私がいちばん若い

森口 博子さん

 テレビでもコンサートでも衣装を自分で決めています。洋服が、私の元気の源。自宅では、ファッションショーをします。鏡の前で衣装を着て、コンサートのイメージトレーニング。1人で盛り上がって、アンコール曲まで歌ってうるっとしたり(笑)。

 アイドルに憧れて、鏡の前で歌っていた4歳のころと変わっていないですね。

 最近は、「いつでも今日が人生の初日」と思えるようになりました。過去を振り返れば今の自分は老けたかもしれないけれど、未来から見れば今日の私がいちばん若い。

 朝、目覚めた時に「今日がいちばん若い!」と思ったら、不思議とエネルギーが湧いてきます。
(東京都恵比寿にある喫茶店の貴賓室にて取材)


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