母、妻、生命の起源を読み解く研究者 極限環境「シダーズの泉」の微生物

- 鈴木 志野さん/地球生命科学者
- 1975年生まれ、東京都出身。東京理科大学基礎工学部卒、東京大学大学院農学生命科学研究科修了、農学博士。海洋バイオテクノロジー研究所等を経て、2008年から米国J・クレイグ・ヴェンター研究所。15~20年海洋研究開発機構(JAMSTEC)高知コア研究所。20年11月に宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所准教授となり、JAMSTEC超先鋭研究開発部門招聘主任研究員も兼務。23年8月から理化学研究所開拓研究所/鈴木地球・惑星生命科学研究室主任研究員として研究室を主宰。
ピアノと作曲、音楽に親しんで育った
みなさん、はじめまして。私は環境微生物学や宇宙生命科学を専門とする研究者です。もっとシンプルに、生命がどんな環境で生きられるのかを研究する科学者と言えば、わかりやすいかもしれません。
しかし、子どもの頃にもっとも興味があったのは科学ではなく、音楽でした。ピアノ演奏に加えて作曲も専門的に学び、当時をともに過ごした同級生のほとんどは音楽家になりました。私自身は音楽の道を選ばなかったものの、休日は2人の娘たちにピアノを教えるなど、音楽は今も私の人生の大切な一部です。
その一方で運動や勉強も好きでした。父の転勤で、九州で過ごした小中学生時代は、川遊びをして過ごすことも多かったですね。こう書くと優等生のように思われがちですが、反抗期はけっこう激しく、母から「あの頃は本当に手を焼いた」と言われます。たしかに“いい子”ではありませんでした(笑)。今、自分の子どもを見ると、私と違ってまったくひねくれていなくて、母には余計に申し訳ないことをしたなと思っています。
メンデルの法則に感動 生命の物語を読みたい
科学との本格的な出合いは高校の生物の授業でした。芸術である音楽には「正解」がなく、表現の良し悪しも主観で決まります。それに対して、科学には突き詰めれば到達できる「答え」があるところに強く惹かれました。
特に衝撃を受けたのは「メンデルの遺伝子の法則」です。とんでもなく複雑に見える生命ですが、実は一つの遺伝の法則に従っているという事実に深い感動を覚えたのです。例外がたくさんある中から本質的な法則を見いだしたメンデルの研究こそ科学の核心であり、のちに研究者となった私自身の原点でもあります。
大学進学後は、生物学の中でも微生物研究を選びました。実験動物を扱うことへの心理的な負担もありましたが、それ以上に、微生物の生き方に物語性を感じた点が大きいです。
たとえば、1グラムの土の中には数百億もの微生物が存在し、それぞれが異なる生存戦略を持っています。人間に置き換えれば、1人1人違う考え方や生き方があり、それによって人生の選択肢が変わるようなものです。そんな多様な「人生のストーリー」を想像する感覚が、幼少期に熱中した小説の世界観とも重なりました。そして、多様な生き方の中にも必ずシンプルなセオリーがある。そのセオリーを探し出したいという欲求がどんどん大きくなっていきました。
挫折からの転機 夫婦で米研究所へ
ところが、ものごとはそううまく運びません。大学院で博士号を取り、東北のバイオテクノロジー研究所に勤めたのち、研究者をやめようと思った時期がありました。その頃、東北時代に職場で出会った科学者の夫と結婚。夫がアメリカのゲノム研究機関であるクレイグ研究所から誘われたのを機に私も渡米し、以前から興味のあった写真を学ぶのもいいかもしれないと、学校探しをしていたぐらいです。
しかし、同研究所でかつて交流のあった研究者に再会し、研究継続を強くすすめられたことが転機になりました。日本の女性科学者が置かれた環境もよくご存じの方で、「ただでさえ日本には女性の研究者が少ないのだから、志野は絶対にやめてはいけない。僕の研究室においで」と言って背中を押してくれたのです。
こうして夫婦そろってクレイグ研究所に関わることになり、アメリカでの研究がスタートしました。
「シダーズの泉」で未知の微生物を発見
そこで調査したのが「シダーズの泉」です。ジープで川を7つも越えた山奥の私有地にあり、植物すら育たない強アルカリ性の特殊環境でした。キャンプをしながら1トンもの水をろ過し、採取した微生物のDNAを解析した結果、従来の常識では説明できない、極端に遺伝子の少ない微生物群を発見したのです。
最初は解析ミスを疑いましたが、何度も解析を繰り返すうちに再現性が確認され、「こんな限界環境で生きられる微生物がいたんだ」という確信に変わりました。それでも、私が習ってきた常識からすると説明がつかない。「ウソかと思ったものが、本当かもしれない」という実感がじわじわとわいてきました。
それから論文を書きましたが、新しすぎるものはすぐには受け入れられないものです。でも、同時期に違う場所で同じような微生物を見つけた研究者がいて、注目を集めました。これは科学界でいう“競争”が起こったことを意味するのですが、私はちょうど2人目を妊娠中でつわりがひどく、闘いに挑むことはしませんでした。
ただ、未知の生物ですから、研究の仕方も自由であり、決まった法則もありません。既存の理論では行き先が示されない荒野に立ち、自ら道を切り開く感覚は、作曲の自由さにも通じていると感じました。
アメリカで得た野たれ死ぬ権利
アメリカで得たもっとも大きいものは、失敗する自由を認められたことだったかもしれません。日本では若手研究者に対して成功への圧力が強く、安全なテーマが求められるために、ある種の窮屈さがありました。でも、アメリカではリスクを取る権利が尊重されていました。言葉をかえれば「失敗して野たれ死ぬ権利」があったということです。「たとえ失敗してもそれはあなたの人生だ」という価値観が挑戦へのハードルを下げ、未知の生物への研究をポジティブに向かわせてくれたのです。まさに水を得た魚状態です。
しかし、7年の研究期間ののち、私たち夫婦は日本への帰国を決めました。2人目を産むとなったとき、日本より圧倒的に競争の激しいアメリカで、誰のサポートもなく研究と子育てを両立していくのは難しいと感じたからです。日本に戻ればお互いの両親も喜んで手伝ってくれるでしょう。また、科学者としても、アメリカでの業績を日本に持って帰れば、好きな研究を続けられる可能性があります。
帰国後は、ありがたいことに、海洋研究を担う海洋研究開発機構(JAMSTEC)、宇宙研究の宇宙航空研究開発機構(JAXA)、そして、理化学研究所など、複数機関を横断する独自の研究スタイルを築くことができました。環境理解のために海へ、さらに地球外生命の可能性を探るため宇宙へと、研究領域を広げています。
生命はどう誕生し多様化してきたのか
現在の研究の根底にあるのは、「生命はどのように誕生し、多様化してきたのか」という問いです。地球上の微生物を比較するだけでなく、ほかの天体に生命が存在する可能性も視野に入れ、異なる起源の生命が見つかれば、生命の本質的な特徴がより鮮明になると考えています。「シダーズの泉」の環境と似たような星も実際にあることがわかっています。そのための探査機に載せる機器開発の支援も行っているところです。
また、私が研究する微生物の適応進化のプロセスが解明されれば、温暖化環境に対応する微生物、CO2を利用する微生物を技術的に創り出すことができるかもしれません。
最終目標は、複雑な生命多様性の背後にある普遍的な原理を探り出すこと。なぜ生命は誕生したのか。かつてメンデルが遺伝子法則を見つけたように、生命の奥に潜む秩序を探ることが私の夢です。
家族の絆と人生の優先順位
今では2人の娘に恵まれ、家族4人楽しく過ごしていますが、結婚当初、子どもを強く望んでいたわけではありませんでした。もともと慎重な性格で、結婚後もすぐに出産するのではなく、夫婦として本当にやっていけるのか見極めたいと、「5年」という時間を置くことを提案。夫も受け入れ、律儀に守り続けてくれました。
そして、迎えた5年目、「じゃあ子どもを」と言うところが、さすが科学者っぽいというか、数字に正確だなと(笑)。でも、新しい命を授かり、娘が生まれてみたら本当にかわいくて!娘たちの存在は、私にとって人生の優先順位を大きく塗り替えることになりました。今は、研究よりも何よりも、子どもが最優先だと迷いなく言い切れます。
一方で、研究のために長期間家を空けることもあります。特に子どもが10カ月だった頃、海洋研究船に乗らなければいけなくなり、胸が引き裂かれる思いでした。
でも、帰宅すると、子どもはわずかに成長しているんです。その後も何度か家を空けることがありましたが、私が不在の間、自分で考え、自分で動こうとする力が芽生えているんだと感じてうれしかったですね。
夫は科学者として尊敬できる存在であると同時に、家庭をともに担うパートナーでもあります。休日は家族そろってテニスをしますが、家事に関しては、私が料理、夫は洗濯というように分業しています。子どもたちの勉強も担当科目を分けて見ていて、双方の領域には踏み込まないというのが暗黙のルールです(笑)。
お互いに科学の最前線に立ちながらも生活の中心には家族があり、だからこそ豊かな人生が送れているのだと思うこの頃です。
(埼玉県にて取材)
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