Ms Wendy

2026年9月掲載

モデルの世界へ飛び込んだ10代 俳優に転身、撮影は常に極限状

とよた 真帆さん/俳優・アーティスト

とよた 真帆さん/俳優・アーティスト
1967年、東京都生まれ。学習院女子高等科在学中にモデルデビューし、86年に『アニエスベー』のモデルとしてパリコレクションなどに出演。その後、89年にドラマ『愛しあってるかい!』で俳優デビュー。ドラマや映画、舞台などに出演。DIYをはじめ、料理や水石など多彩な趣味を持ち、インテリアや料理関連の著書もある。俳優として活躍する傍ら、レストラン経営や動物愛護活動、アートなど多彩な分野で活動中。
早く自立して、母を楽にしたかった

子どもの頃を思い返すと、「好き」がたくさんある子どもでした。

 

絵を描くこと、工作、お芝居を見ること…。不思議なもので、今の私が続けていることは、その頃の「好き」が少しずつ形を変えたものばかりです。俳優という仕事も、絵を描くことも、ものづくりに惹かれる気持ちも、振り返ればすべてあの頃につながっています。

 

母もまた、つくることが好きな人でした。絵画、陶芸、ガラスの絵付けなど、いつも何かを生み出している姿が身近にあったので、ものをつくることは私にとって特別なことではなく、ごく自然なことだったと思います。

 

家庭環境は決して順風満帆ではありませんでした。父は途中から家を離れ、母が働きながら兄、姉、私を育ててくれました。だからこそ、「早く自立したい」という気持ちは人より強かったかもしれません。

 

高校生になると、「モデルの仕事をしてみたい」という思いが芽生えました。目的はもちろん親孝行です。

 

当時は原宿、渋谷を歩いているとスカウトされる時代でしたが、私が入りたいと思ったモデル事務所はスカウトをしていませんでした。「だったら、自分から行けばいい」と考え、応募の手紙を書きました。その一歩が思いがけず人生最初の大きな扉を開いてくれたのです。

モデルの世界へ飛び込んだ10代

モデルとして働き始めたのは17歳です。最初に志望した事務所へ入ることはありませんでしたが、その面接で出会ったマネージャーが独立することになり、「一緒にやってみない?」と声をかけてくださったのがきっかけです。

 

それからは刺激的な毎日が続きました。当時の日本のファッション業界は活気にあふれ、雑誌やブランド広告の撮影、キャンペーンガール、CMへの出演など、たくさんの現場で今まで知らなかった世界に触れることができました。

 

そんなある日、ご縁がさらに大きな扉を開いてくれます。ファッションブランド『アニエスベー』のショーに出演させていただいたとき、「パリに来たら、ショーに出してあげる」と、言っていただいたのです

 

私はその言葉を素直に受け取り、パリへ。約束通り、パリコレで『アニエスベー』のランウェイを歩くことができました。

世界を知って変わった仕事への向き合い方

しかし、20歳で再びパリへ行き、現地の事務所に入って仕事を始めたとき、現実を突きつけられます。

 

私は身長が173センチありますが、それでは背が低いほう。オーディション会場には、もっと背が高く、美しく、圧倒的な存在感を放つモデルたちが世界中から集まってきます。歩き方、立ち居振る舞い、すべてが洗練されていて、「自分は取るに足らない小さな存在である」ことを初めて実感したのです。さらに日本人(オリエンタル)であることを理由に入り口で追い返されることもあり、朝から晩までオーディションを回っても受からないことが普通でした。

 

そのときのつらい経験が、その後の人生に大きな意味を持たせてくれました。一番変化したのは仕事に向き合う姿勢です。世界には、チャンスを待っている人が大勢いる。私が日本で仕事をいただけるということは、決して当たり前ではないという思いが心に自然と根付いていました。その感覚は、何十年もたった今でも変わっていません。

 

振り返れば、パリで学んだのは、モデルとしての技術ではありませんでした。「自分の立ち位置を知ること」。そして、世界の広さを知ったからこそ、目の前の仕事を大切に、そして、その機会に感謝できるようになったように思います。

俳優という新しい挑戦 孤独との闘いがあった

その後は、俳優として歩み始めることに。ただ、当時はモデル出身の俳優が今ほどいません。「モデルあがりに何ができるの?」そんな空気を感じることもありました。それなら自分でなんとかしようと、レンタルビデオ店で年間200本以上の映画を見て勉強しました。今思えば孤独でしたし、プレッシャーも大きかった。でも、やるしかありませんでした。

 

また、映像業界自体、今では考えられないほど過酷な面もありました。理不尽な要求や予想外の出来事も少なくありませんでした。

 

そんな頃、あるドラマ作品で、突然、20分間近いワンカット(カメラの長回し)の芝居を求められ、精神的にも体力的にも極限まで追い込まれる経験をしました。

 

撮影中はとにかく必死でした。でも、あとになって、そのときの私を見ていた人がいることを知りました。のちに私の夫になる青山真治監督です。彼の作品に呼ばれ、「あの作品の芝居が強烈に印象に残っていた」と聞かされ、驚きました。

 

自分にとっては苦しかった経験が、別の誰かの目には「真剣な表現者」として映っていたのです

青山監督の作品に出演 そして、結婚へ

初めて彼に会った日のことは、今でもはっきり覚えています。

 

彼の監督作品である映画『月の砂漠』への出演が決まり、顔合わせのために部屋に入った瞬間、「なんて存在感のある人なんだろう」と思いました。決して体が大きいということではなく、その場の空気まで変えてしまうような、不思議な力を持っている人でした。

 

映画づくりに向き合う姿勢も、とても印象的でした。彼にとって、作品をつくることは、仕事というより生き方そのものだったように思います。現場には独特の神聖さと緊張感があり、スタッフも俳優も、それぞれが自分の役割を全うしようと真剣で、私も自然と背筋が伸びました。この作品でカンヌ国際映画祭に参加し、映画が世界へ届くことを実感したのもこの頃です。

 

それからもご縁が重なり、人生をともに歩むようになりました。一緒に過ごす時間の中で、夫から教わったことはたくさんあります。でも、今、振り返って最初に思い出すのは、映画の話でも仕事の話でもありません。

 

ある日、私の家に来た夫が、何も言わずに猫のトイレを掃除してくれたことがありました。頼んだわけでもなく、特別なこととして振る舞うわけでもなく、ごく自然に。その姿を見て、「こういうことができる人なんだ」と思ったんです。

 

人柄というのは、そうした何気ない日常のふるまいに表れるものなのかもしれません

新しい居場所は1人の食卓から始まった

20年という時間をともに生きた夫が亡くなって1年ほどが過ぎた頃。1人で食事をする時間が増えました。

 

もちろん、誰かを誘えば一緒に食べることはできます。でも、「今日ご飯に行かない?」と毎日のように声をかけるわけにもいきません。結局、家で簡単に済ませてしまう日が多くなりました。

 

そのとき、ふと思ったんです。「それなら、レストランをやってみようかな」

 

今思えば、単純な発想でした。そこに、以前からの知り合いが「期間限定なら」と、店舗の貸し出しを提案してくださり、出店計画がスタート。もちろん、現実はそんなに甘くありません。初めての飲食店経営は分からないことばかり。スタッフとの関わり方も、お店の運営も、想像していなかった出来事の連続で、最初の1年は試行錯誤の毎日でした。

 

それでも続けてこられたのは、やはり人とのご縁があったからです。そして、お店を始めてから新しい楽しみが増えました。友人が誰かを連れてきて、その方とまた新しく知り合う。そんな出会いが毎日生まれるのです。寂しさから始めたお店が、いつの間にか人と人をつなぐ場所になっていました

好きなことを穏やかに続けていきたい

30代半ばを過ぎた頃から、絵を描くことも人生の大きな柱になりました

 

きっかけは、出演予定だった映画撮影がなくなり、ぽっかり時間が空いたことでした。気分転換のつもりで久しぶりに絵筆を取ってみたら、描くことが楽しくて仕方なくなったのです。

 

作品がたまり、個展を開くと、予想以上の反響があり、それが次の個展へとつながり、やがて「京友禅」の世界との出合いにまで至ります。私の絵を見た方が、「このまま着物になる」と言ってくださったのです。そこから京都の職人のみなさんと一緒に作品づくりをするようになりました。

 

最近は、水晶を使ったアートワークやDIY、インテリアの制作も行っています。

 

その一方で、50代になって、人生の価値観はずいぶん変わりました。おいしいものを食べて、気の合う人と笑って過ごせる。それだけで十分幸せだと思えるようになりました。年齢を重ねたからでしょうか、「スルーする力」も身に付きました(笑)。仕事以外のプライベートでは、必要以上に抱え込まない、気にしなくていいことは気にしない。そんなふうに肩の力を抜けるようになりました。

 

残された人生の時間は誰にも分かりません。だからこそ、できるだけ楽しく、穏やかに暮らしていきたいと思っています。

(恵比寿のレストラン「ロジエ」にて取材)

         
  • 5歳の頃。信州長野のお寺にて、祖父母と

    5歳の頃。信州長野のお寺にて、祖父母と

  • 17歳の頃。銀座にて作品撮り

    17歳の頃。銀座にて作品撮り

  • イタリアのファッション雑誌のスナップ

    イタリアのファッション雑誌のスナップ

  • 姉と母とのスナップ。パリコレに来てくれた2人と

    姉と母とのスナップ。パリコレに来てくれた2人と

  • プランターに飾りを付ける作業中

    プランターに飾りを付ける作業中

  •     
  • 自分で製作したテーブル

    自分で製作したテーブル

  •         
  • とよた 真帆さん

(無断転載禁ず)

Ms Wendy

Wendy 定期発送

110万部発行 マンション生活情報フリーペーパー

Wendyは分譲マンションを対象としたフリーペーパー(無料紙)です。
定期発送をお申込みいただくと、1年間、ご自宅のポストに毎月無料でお届けします。

定期発送のお申込み

マンション管理セミナー情報

お問い合わせ

月刊ウェンディに関すること、マンション管理に関するお問い合わせはこちらから

お問い合わせ

関連リンク

TOP