三月二十日。おばあちゃんへ。
今、この手紙を書いているのは、おばあちゃんが焼かれているときです。
まずは九十歳の往生お疲れ様。急にいなくなるでもなく、穏やかな最期を
迎えられたこと、孫としては悲しくも嬉しく思います。
それと、私から謝りたいことがあります。会いに行けたと言うのに、病院に行かず
面会することの方が少なくて、ごめんなさい。会っても何を話せばいいのか分からかったし、行くことすら面倒臭がっていました。
本当だったら亡くなってしまったあの日も、会って顔を見せに行けただろうに、毎日毎日仕事帰りに面会に行っていた姉ちゃんや
お母さんに比べたら、私は薄情な孫ですね。あんなに可愛がってくれたのに、別れの
言葉すらまともに言ってあげられなかった。だから、こうして手紙で、言葉を述べさせて下さい。
さようなら、生まれ変わったら、できれば私の前に出てきて欲しいです。話せなかったこと、沢山話してあげたいので、今まで、服を作ってくれたのに、着るのを嫌がったり家事が上手くできなくて、いじけたりしてたよね。私は今でも不器用だけど、家のこと
私にまかせないといけない程、上達したんだよ。もう心配いらないからね。
あと、あの世に行っておじいちゃんが三途の川の前にいても怒らないであげてね。
面倒でどうしようもないところが多いおじいちゃんだったけど、それでも半世紀以上おばあちゃんの夫をしてた人です。川を渡るときは、二人一緒の方がいいと思って、待ってるんだと思います。そのときは、愚痴の一つは言ってもいいかもしれませんが。それだけです。
いびらず、手を繋いで、一緒に渡ってあげて下さい。
おばあちゃんの兄弟(姉妹)の中で、おばあちゃんが一番最初で、おばあちゃんの
両親くらいしか、あの世で待ってる人がいないかもしれませんが、構わんで下さい。
「私の生きた時代は、こんなに面白かったんだ」「孫がすごく可愛くて」と
たっぷり自慢話をしてやって下さい。私が、そっちに行った頃には。しっかりお出迎えしてもらえるよう、祈ってます。
焼かれて小さな箱に収まる程縮んだおばあちゃんは、お兄ちゃんの買ったばかりの車が
ちゃんと家まで届けます。とてもカッコ良くて、乗り心地も最高の良い車です。
心して乗れ。
末の孫娘より
ちなみにこの手紙を書いたペンは
PILOT TIMELINE エタ-ナル 私の最推ペンだよお🌸