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マゴソスクール主宰/早川 千晶さん

早川 千晶さん
アフリカのスラムで出会った命の輝き
Profile

早川 千晶さん/マゴソスクール主宰

1966年福岡生まれ。静岡県浜松市出身。ケニア在住32年。ケニアの首都ナイロビのキベラスラムで孤児や貧困児童のためのマゴソスクールと子どもの家を運営。「アフリカに深く触れる旅」ガイド、通訳。日本各地で講演会とアフリカンライブを開催している。
【マゴソスクールを支える会】
 http://magoso.jp/


東アフリカ最大のスラム・キベラスラム
東アフリカ最大のスラム・キベラスラム

 ケニアで暮らして32年。18歳から世界を旅し始めてアフリカにたどり着きました。首都ナイロビにあるキベラスラムという巨大な貧民街で、孤児の救済や貧困者たちへの手助けをしています。

 なぜ私が遠いアフリカのスラム街に飛び込んだのか不思議に思われるかもしれません。でも、私にとっては、貧民街の暮らしは身近な世界でした。なぜなら、私の両親が生まれ育った特殊な環境を、幼少期から祖父母に聞いて育ったからです。

 私の両親と祖父母は旧満州からの引揚者でした。終戦時、父は7歳、母は4歳。終戦と同時に何もかもを捨てて日本へ逃げました。祖母は長い逃避行を幼い私に何度も何度も語り聞かせました。

 その物語には、絶体絶命のピンチが何度もやってきます。ロシア兵に襲われないように、女たちは丸坊主にして顔中に墨を塗り、隠れながら逃げました。発狂し、凍死し、飢えて死んでいく多くの人々の姿を祖母は語りました。「生き延びることができたのは、中国の人たちが助けてくれたからだよ」と祖母は繰り返し言いました。どんな時にも真心のある人はいた。その言葉や逃避行のエピソードは、私の心に深く刻み込まれました。

 物語の最後に祖父はいつもこう言いました。「命からがらたどり着いた日本で、まさかあんなに冷たくされるなんて」と。帰る家はなく、何もかも失い、それでも生きていくために、ガラクタをリヤカーに乗せて売り歩き、食べ物を得ることに必死だったそうです。引揚者はさげすまれ、差別を受けた。そんな話を聞いて育った私は、なぜ人の心には差別があるのだろうと思うようになりました。さまざまな違いを超えた先にある、人間として、普遍的なものとは何だろう。人はなぜ生まれ、なぜ生きるのだろう。そんな問いに背中を押されて世界を旅するようになりました。

スラムで生活する人々の1コマ
スラムで生活する人々の1コマ

 アフリカで私が出会ったのは、想像を絶するほどの厳しい環境下で懸命に生きる人々でした。東アフリカ最大のスラムといわれるキベラスラムに足を踏み入れたとき、粗末な長屋が立ち並ぶ迷路のような狭い路地を歩きながら、そこで生きる人々の生きるための真摯な努力に圧倒されました。道端で野菜を売り、パンを揚げ、廃材を使って家具を作り、薪や木炭を売り、リヤカーで荷物を運び、10円でも20円でも多く稼ごうとしている。苦しいからこそ、人々は元気が出る明るい歌を歌い、お互いに声を掛け合って励まし合いながら生きていました。必死にあの時代を生き抜いた、祖父母や両親の姿がそこに見え隠れしました。どんな状況でも生きることを諦めない。人は一人では生きてはいけない。そんな祖母の声が聞こえてきました。

 今日よりも明日はもっといい日だと信じて、希望を持って生きる。人々の生きる力を感じながら、私はスラムの路地裏を夢中になって歩きました。そして、いつしかそこにたくさんの友達ができていったのです。

マゴソスクールの子どもたちと
マゴソスクールの子どもたちと

 知れば知るほど、スラムでの暮らしがいかに過酷かを思い知らされました。電気も水道もない長屋の一室に家族全員でギュウギュウ詰めになって暮らす。何十世帯もの人々で共同の数少ないトイレ。溢れ出ても汲み取り車はスラムの路地裏には入れません。朝早くから夜遅くまで低賃金で働く人々。病気になっても保険はありません。そして、体を壊して早くに死んでいく人は実に多く、そのためスラムには孤児が溢れていました。

 孤児たちは鉄屑や空き缶を拾いわずかな小銭を得て、何とか生きています。空腹のあまりシンナー中毒に陥っていく子どももいました。私は、そんな子どもたちが集まり共同で生活できる場所を作り、子どもたちに給食を出し、学ぶことができる学校を作りました。「マゴソスクール」と名付けたその学校では、今では600人近い子どもたちが学んでいます。学びは、貧しい子どもたちにとって生きる希望になります。

 命あることの貴重さ、どんな状況でも諦めず希望を持って生きる尊さを、私はスラムの人々から学びました。

 世界中の人々が等しく人間としての尊厳を守り、命を輝かせて生きることができる世の中をつくりたい。差別や偏見を超えて、誰もが手を取り合って思いやりを持って生きる。そんな世界はきっと実現できる。そう信じて、私はこれからもスラムの仲間たちと共に、よりどころのない子どもたちを助けていきたいと思います。


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