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人間文化研究機構/国立民族学博物館・特任助教/大石 侑香さん

大石 侑香さん
トナカイと生きる
ー西シベリア・ハンティの生業研究ー
Profile

大石 侑香さん/人間文化研究機構/国立民族学博物館・特任助教

■お問い合わせ先
国立民族学博物館
〒565-8511 大阪府吹田市千里万博公園10-1


西シベリアの森

 ロシア・西シベリアの森の中を散歩しているところを想像してみてください。

 広大な西シベリア低地には常緑針葉樹の森が広がっています。そこには無数の湖沼が分布し、その間を小川が蛇行しています。森や湿地にはヒグマやクズリ、キツネ、ヘラジカ、テン、リス、カワウソ等のさまざまな鳥獣が生息し、川や湖にはホワイトフィッシュやカワカマス、カワスズキ、フナ等の淡水魚が豊かに繁殖しています。

 季節の変化も思い浮かべてください。この地域では、10月くらいから降雪し始め、11月には川や湖が完全に凍り、4月まで大地が氷と雪で覆われます。北極圏内でなくとも、12月には日照時間が3時間程度になり、常に薄暗い状態です。厳冬期には気温はマイナス30度から50度になります。4月頃から次第に太陽がまぶしく輝き出し、光と熱を大地に届け始めます。そして、5月に一気に雪解けすると、急激に春めいて草木が芽吹き、緑が濃くなります。6月には太陽がほとんど沈まなくなり、気温も20度くらいになります。蚊やアブ等も大量に発生します。

 春から夏にかけてハクチョウやガン等の渡り鳥が次々に飛来し、いろいろな種類のベリーが順々に実ります。初秋の雨の後にはキノコがあちらこちらで、にょきにょきと生えてきます。8月後半には気温がぐんと下がり、森が紅葉し始め、ホワイトフィッシュが遡上(そじょう)し始めます。魚の産卵が終わると冷え込みが強まり、またすぐに氷と雪の季節になります。

生業研究

氷下筌漁(2012年1月、ヌムトにて筆者撮影)
氷下筌漁(2012年1月、ヌムトにて筆者撮影)

 このようにシベリアの森は、一般的にイメージされるような、年中寒さの厳しい、不毛の、寂しい場所ではなく、むしろその季節的な変化の激しさから、自然の力強さを身近に感じられる場所です。

 私は、こうした環境のもとでハンティ等の西シベリアの北方少数民族はどのように暮らしているか、また、どのように環境や社会・経済の変化に対処して暮らしてきたかということに関心を持ち、彼らの生業について研究を始めました。

 生業とは、狩猟採集、漁労、家畜飼養、農耕等の食料を獲得したり、生産したりする活動や技術のことです。ハンティたちはトナカイ飼育だけでは食べていけません。季節によって出現する鳥獣・魚・植物が変わり、そして移動生活することで環境も変わります。それらの変化に合わせて、漁労と狩猟採集を組み合わせて行い、食糧を補完しています。

不思議な世帯配置

キツネの生け捕り(2011年12月、ヌムトにて筆者撮影)
キツネの生け捕り(2011年12月、ヌムトにて筆者撮影)

 2011年に初めて西シベリアの森の中へ調査に行きました。異文化を研究する文化人類学のフィールドワークでは、単独で長期間現地滞在し、言葉を覚え、ホームステイをしながら観察と聞き取りを行うという調査方法がよくとられます。私も同様の方法で調査を行いました。

 調査地に選んだヌムトというところには約200人が居住しています。彼らは、移動式の天幕ではなく、丸太を組み上げた小さな家屋に暮らしています。1世帯が夏用・冬用というように複数の小屋を建てて、その間を季節的に移動します。

 まず驚いたことは、隣家がとても遠かったことです。最初にホームステイした世帯では、家屋から半径20〜30キロ内には誰も住んでいませんでした。彼らは、基本的に核家族世帯ごとに居住していますが、どの家も互いに隣家と4〜20キロほど離れています。

 私は、なぜこんなに隣人と遠く離れて拡散的に暮らすのかに疑問を持ちました。そこで、各世帯の冬の家屋配置を調査しました。現地の人々に協力してもらい、トナカイぞりやスノーモービルに乗って、時には真冬に何十キロメートルも歩いて、あちらこちらの家々を訪ねまわり、調査結果を地図にしました。これを完成させるのに7カ月かかりました。

トナカイ飼育の技術

トナカイを連れ帰る(2012年1月、ヌムトにて筆者撮影)
トナカイを連れ帰る(2012年1月、ヌムトにて筆者撮影)

 そこから見えてきたものは、素晴らしいトナカイ飼育の技術でした。

 ハンティ等はトナカイを食糧にするだけでなく、毛皮を衣服や敷物の素材にしたり、そりをひかせたりします。また、トナカイは財産であり、贈与や物々交換にも用います。

 しかし、そのような大切なトナカイが突然いなくなるということが起こります。各世帯では群れを夕方に柵から放して、自由に草やツンドラゴケを食べに行かせます。翌朝、家族の誰かが足跡を追って群れを探しに行き、家まで連れ帰ります。非効率に見えるかもしれませんが、トナカイの成育には自由に餌を食べさせることが必要です。そして、この作業を毎日行います。そうしないと、群れが餌を求めて遠くに去ったり、隣家の群れと混ざったりして帰ってこなくなるからです。

 トナカイ群は餌となる地衣類や草を求めたり、春には出産に適した場所、夏にはより涼しく蚊の少ない場所を求めたりして季節的に移動します。人間もそれに合わせて移動しますが、ここでは十分に移動するほどの土地がなく、また漁場を確保する必要もあるため、1世帯の生業活動の範囲よりも、群れの移動範囲が広くなっています。それで、トナカイはより遠くに行きたがり、頻繁に群れの喪失が起こるというわけです。

 そのため、彼らはトナカイをあまり遠くに行かせないように、さまざまな工夫をしています。1つは、トナカイに塩や魚を与えたり、蚊遣火(かやりび)をたいたりして、飼い主の家に引きつけることです。2つ目に、群れを先導するトナカイを育てることです。去勢オスのおとなしいトナカイに魚やパンを与え、飼い主によくなれさせ、人といることの利点を覚えさせておきます。すると、そのトナカイは朝になると群れを引き連れて家に帰ろうとします。トナカイは群れで行動するため、1頭が動き出せば、群れ全体がそれについて行きます。その他、天敵から群れを守ったり、群れを遠くに連れ去りそうなやんちゃなトナカイに足かせをつけたりもします。

 家屋配置の地図が示していたのは、なるべく隣家と群れが混ざらないようにするための距離であり、各世帯が十分な漁場を確保できる配置でした。厳しく豊かなシベリアの自然の中で生きる人々への尊敬と興味は尽きません。


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