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今月のWomanは小空間オペラTRIADE代表 大澤 ミカさん

大澤 ミカさん
小さなオペラ劇場
Profile

大澤 ミカさん/小空間オペラTRIADE代表

■お問い合わせ先
はなみがわ風の丘HALL
千葉市花見川区朝日ヶ丘4-31-9
TEL 043-273-4217
公式ブログ「風の丘ひとりごと」
http://kazenooka.jugem.jp/


オペラ歌手の声

 私がオペラと出合ったのは32歳、設計事務所に勤務し、走って終電に飛び乗る毎日を送っていた。オペラといえば、ぽっちゃりした人が突っ立って大声を出しているという印象で、興味もなかった。つきあいでオペラ公演のチケットを購入し、初めて見たオペラがモーツァルト作曲『フィガロの結婚』だった。

 驚いたことに、太っていない、スリムで走り回っている、話の展開が面白い。何より初めて聴く音楽が宝石のように輝き、耳に残った。私の固定観念が全て覆され、人生180度の大転換をもたらす出来事となった。

 その後、劇場ではない小さなレストランで彼らの歌に出合うことになる。マイクを使わず、大きな劇場中へ歌声を届ける技を得ている彼らの声は、空気と私の心をビンビン揺らした。十人十色の声の魅力と、芝居の面白さ、国や時代、宗教を越えた普遍的な人間の喜怒哀楽、今も昔も人間の営みに違いが無いことをオペラから体で感じた。鍛えあげた声を知らずに、人生を送るのはもったいない、皆に体験してほしい、という思いに駆られた。

2000年 風の丘HALLこけら落とし

風の丘HALL内観
風の丘HALL内観
小空間オペラvol.48『カルメン』
小空間オペラvol.48『カルメン』

 オペラとの出合い、決してその事だけが風の丘HALLを建設する動機ではなかった。

 連続幼女誘拐殺人事件という、今までの日本では起こりえない残虐な事件が起こった。核家族化や女性の就労で住民の交流が減り、地域見守りの目が無くなったことで、幼児を事件から守ることができなかった。住民交流のきっかけをつくろうと考えたのが1つの動機であった。またその当時、「設計料無料」の文字が躍るチラシが目に付き、建築士の能力が評価されない日本の価値観は、オペラなど音楽家に対しても同じ様相であった。無形の技術に対する社会的対価を認識してほしいという願いから、音楽家を応援したいと感じた。オペラ舞台出演の機会は日本ではかなり希少であった。彼らのアスリートたる歌声と魅力を伝える場所を作り、これを交流のきっかけとすることだった。

 そしてもう1つ、千葉の地から質の高い芸術活動を発信したい、文化の「点」をつくりたいという願いがあった。各種文化の「点」が増え、「線」となり「面」となり、日常を豊かに暮らせる千葉を夢見ていた。

 願いを実現する手段としてオペラ公演活動を行うことで、この3つ全ての解決を見いだした思いだった。

 千葉の都市計画へも問題を感じていた私は、駅から歩ける地でのホール建設にこだわり、土地を探し自ら設計をすることで、自宅兼ホール「風の丘HALL」が生まれた。

 客席目線から制作した企画は、地域活性化という思いへの賛同も得て、オペラを見たことが無い人たちであふれた。風の丘のオペラは連日満員、「チケットが買えない風の丘」といううわさが出るほどに。出演者の顔ぶれは常にトップレベル、大迫力の演奏と演技が目の前で繰り広げられる舞台は、他では体験できないと今では全国から集客、オペラ界では周知の存在となった。

1級建築士

 小学生の頃からチラシに描かれた図面で遊ぶことが好きだった。大学も建築学科を選択、卒業後は日本でホール設計の第一人者の事務所へ女性初の技術職として入社。その後1級建築士となり、設計の側から、まさかホールを使う側に立つことになるとは。自邸のホールを創る運命の歯車はこの時、動き出していたのかもしれない。

オペラ学校の軌跡

『ヘンゼルとグレーテル』ソリストと一緒に集合写真 千葉ジュニアオペラ学校での様子
『ヘンゼルとグレーテル』ソリストと一緒に集合写真 千葉ジュニアオペラ学校での様子
寺子屋で傘袋ロケットを作成 寺子屋のランチタイム
寺子屋で傘袋ロケットを作成 寺子屋のランチタイム

 18年の月日、リーマンショックなど経済の冷え込みは、芸術分野を直撃。一時の大盛況は影をひそめる時期も長く続いた。その間、子育て、建築士、オペラ興行の3つの掛け持ちで体を壊し、仕方なくオペラ興行を支える収入源でもあった建築士の休業を決断した。

 その後、自らの子育てを通じ、いじめや教育問題などに直面、母親として子どもを守り、先生たちとの対話、PTAへの参加もあり教育を考える機会となった。この10年ほどの経験が、現在実施しているオペラ学校や寺子屋へと繋がっていった。今の学校教育で欠如した部分、つまり、点数の評価では表せない事柄が子どもを見る目として大変大切である。1つの自信を持つ経験をすることで、どの子も人間性を豊かに伸ばすことができ、その結果自分らしく生きることへ自信を持ち、いじめから身を守る事ができたり、自分の意見をしっかりと伝えたりできる。

 この実践の場として「千葉ジュニアオペラ学校」を2014年に開校。千葉市助成事業としての認定も受け、夏休みの間、市内各地から集まった子どもたちが、オペラ舞台に関する各部門の専門家から講義を受け、歌の授業と合わせて体験する。オペラに触れる事のみが主な目的ではない。舞台製作は、多くの職業によって成り立つ社会の仕組みの縮図である。また、オペラには人類の歴史(足跡)が詰まり、オペラを切り口として世界を知り、音楽を通じて世界と繋がる事を知ってほしいと考えている。

 夏休み明けに希望者は、プロと共に舞台に出演するため稽古が始まる。今年の演目は『カルメン』で、風の丘オペラ公演は延べ161公演に。夏休みに練習したフランス語の合唱曲に演技を加え、立派に舞台に立った。

 このオペラ公演までの3カ月、参加した子どもたちの変化は、私たち大人の想像をはるかに超え、顕著に生活へ変化をもたらした。積極的になった、明るい笑顔が増えた、落ち着いた、など多数のうれしい報告をいただいた。私たちスタッフの大きなやりがいへと繋がる。

 今までのべ85名の修了生を送り出しているオペラ学校。人間の広い視野、感性、自己表現力、発見する力を身に付け、これからの時代を強く生きる力になってほしいと願っている。

リベラルアーツへ繋がる思い

 今年からオペラ学校と並行して、生きる力を育むために寺子屋を開催。今の子どもたちは、道具が無いと遊べないが、地面の石ころ1つで遊びがどんどん広がる私たちの昔の頃のように、工夫や、無から遊びを生み出すエネルギー、これらが人間力として大切だと感じている。私の小・中学校の恩師に協力を仰ぎさまざまな昔の遊びを実施。大変な人気となった。

 この2つの活動の根幹はリベラルアーツである。暗記から正解を出すだけでなく、広い知識や視野を持ち、工夫し創造するという、今の教育で看過する部分を認識する社会への必要性を感じている。

人生100年時代を迎える教育の役割

 大学の教育に関しても、世界ではリベラルアーツを基本にした教育であるのに対し、日本では一般教養を縮小し、専門性を特化する方向へ逆行している。幅広い教養教育の実施は畑の土を肥やすことに似ている。1つの仕事をやり抜くだけの人生設計では済まないこれからの人生100歳時代。問題が起こった時の対処の知恵、生き抜く力、それはこういう若い頃の教育によって培われるのである。

 私たち大人が子どもたちへ、明るい未来と平和な時代を引き続き残すためには…。

 常にそんなことを考える普遍の時間を与えてくれるのが芸術でありオペラでもあると、私は感じている。


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