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本音のエッセイ

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今月の本音のエッセイは 心理学者 榎本 博明さん

勉強といえば「英会話」、それでいいの?

心理学者 榎本 博明さん

心理学者 榎本 博明

榎本 博明/心理学者

1955年生まれ。東京大学教育心理学科卒。東京都立大学大学院中退。博士(心理学)。カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。『その「英語」が子どもをダメにする』(青春新書)『ほめると子どもはダメになる』(新潮新書)など。

 学生たちと話しても、社会人となり働いている人たちと話しても、英会話の勉強をしている人が多いのに驚く。というより呆れる。何を勉強しているのかと尋ねると英会話と答える。英会話って勉強なのだろうか。英語圏で生まれれば、2〜3歳児でも英語ペラペラになる。日本の2〜3歳児が日本語ペラペラなのと同じだ。

 学生や若い社会人のみならず、世の親たちも大きな勘違いをしているのではないか。人の子が英語をしゃべっているのをみると、「すごい!」と思い、わが子を振り返り焦る。わが子が英語をしゃべると誇らしい気持ちになる。

 でも、会話ができることと頭の良さはまったく関係がない。幼稚園や学校の先生たちは、おしゃべりをやめられない子に手を焼くことはあっても、おしゃべりだから「すごい」「頭がいい」と感心することなどない。日本語の会話を思い浮かべればすぐわかることなのに、英会話となると冷静さを失う。英語圏では、どんなに勉強のできない子も、英語ペラペラなのだ。

 勘違いの背景には、学校での英語教育の変化も絡む。以前は英語の時間は英語の長文を読んで日本語に訳すのが中心だった。それは英語力と国語力を駆使して言語能力を鍛える知的作業だ。ゆえに、英語の成績の良い子は勉強のできる子だった。だが、今や英語の時間は英会話の訓練の場となっている。それはもはや知的鍛錬の場ではない。日本語ペラペラの子が国語の成績が良いわけではないのと同じく、英会話ができるからといって勉強ができるわけではない。

 そこで私は、学生や子育て中の親御さんに対して、コミュニケーションの道具より中身を豊かにする勉強の大切さを事あるごとに説いている。ちょっと想像してみていただきたい。地方に生まれ、勉強と言えば方言を矯正するため標準語のリスニングばかりやってきて流暢に標準語をしゃべる人物と、方言丸出しだが幅広い読書をして教養豊かな人物、どちらが人間として魅力的か、仕事でも有能かは明らかだろう。

 さらに言えば、AIの発達により近い将来英会話の勉強など必要なくなるとも言われる。ではなぜ電車に乗るとグローバル化の時代に向けた英会話の宣伝ばかりが目につくのか、やっぱり必要なのではないかと思う方もおられるかもしれない。でも、それは英会話の必要性がなくなる前に、最後の稼ぎどころと業者が攻勢をかけているとみることもできる。大事なのは中身の充実、そのための勉強なのではないだろうか。

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