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団地再生 -団地再生を考える-

団地再生シリーズ184弾

英国の環境保全
−市民社会が環境を守る

小山 善彦さん

市民パートナーシップ研究会
小山 善彦さん

英国バーミンガム大学修士課程卒。英国に在住し、日英共同研究や日本からの視察・研究グループを支援。英国王立芸術協会フェロー。


 筆者は英国に住んで30年になる。その間、日英の共同研究に参加したり、日本からの視察グループを支援させていただいたが、その過程で市民団体を数多く訪問する機会に恵まれた。福祉、環境、教育さらには動物福祉など、団体の性格はさまざまなのだが、いつも感銘を受けるのは、政治や行政とは関係なく、やるべきことを淡々とやっているスタッフやボランティアの姿である。もちろん、関わっているテーマへの思い入れから、政治のあり方への不満の声は聞かれても、政治から距離をとり、市民と一緒に課題に向き合おうとする姿勢は一貫している。

 ここでは環境保全の分野に焦点を当てながら、英国の市民社会が成し遂げてきたこと、そのことの持つ社会的な意味について考えてみたい。

ナショナル・トラスト運動

【写真(1)】トラスト所有の建物と庭園
【写真(1)】トラスト所有の建物と庭園

 まず、英国を代表する市民団体として、「ナショナル・トラスト」の活動をみてみよう。1895年、社会事業家、牧師、弁護士という3人の市民が始めた運動で、急速な都市化や開発から環境を守るために、建造物や景勝地を買い上げ(あるいは寄贈を受け)、それらを国民のために永久保存することを目的とした。

 この運動には各界の著名人が応援に加わり、国会法で永久保存を担保する「譲渡不能」といった特別措置がなされたこともあって、運動は広く一般市民の中に浸透した。市民は会員となり、建物や土地の買い取りには寄金を出して応援した。1960年代からは海岸線の買い取り運動へと広がり、残されている自然海岸線を少しずつ買い上げていった。

 運動開始から約120年を経た現在、ナショナル・トラストは500以上の歴史的建造物や庭園、国土の1.5%を占める25万ヘクタールの土地、さらに全長の5分の1に相当する1240キロメートルの海岸線などを所有・管理している(イングランド、ウェールズ、北アイルランドが対象)。100人でスタートした会員も、現在では500万人を超えるまでになっている(全国民の9%)。(写真(1))

野生生物の保全

【写真(2)】野鳥を観察し、記録するボランティア
【写真(2)】野鳥を観察し、記録するボランティア
【写真(3)】都市近郊に確保されている自然保護区
【写真(3)】都市近郊に確保されている自然保護区

 次に野生生物の保全だが、この分野の市民活動は活発で、野鳥や小動物、野草など、異なる種類別に団体が存在するといわれるほどである。その中で、キャンペーン力で際立っているのが「王立野鳥保護の会」。19世紀末、婦人用ハットに鳥羽が使用され、それが野鳥の乱獲を招いていたことから、鳥羽の禁輸を求めて女性グループが起こした運動を発端とする。その目的は1921年の禁輸法で達成されるが、活動はその後も継続され、現在では110万人の会員をもつ団体へと成長している。全国150カ所に地域グループがあり、野鳥の記録や保護活動とともに、教育活動にも力を入れている。(写真(2))

 1912年からは、野生生物保全のための土地の買い上げ運動がスタートしている。この運動の理念と精神を提供したのが、著名な銀行家であったチャールズ・ロスチャイルド。野生生物を保全するためには自然との一体的保全が不可欠と考え、自然豊かな土地を買い上げ、永久保存することを提唱した。2つの大戦があったために運動展開は遅れるが、戦後、とくにカーソンの「沈黙の春」の出版(1962年)を契機に、有志による地域グループが全国各地に設立された。

 現在ではすべてのカウンティ(日本の県に相当)に「ワイルドライフ・トラスト」が存在し、平均40人の専門スタッフを雇用して活動している。全国で所有・管理する自然保護区は2300カ所、面積で約10万ヘクタールに及ぶ。この活動を、約85万人の会員と4万5000人のボランティアが支えている。10年ほど前からは「生きている景観(LivingLandscapes)」を新しいビジョンとして掲げ、自然保護区の枠を超えたすべての場所で、人間と野生生物が共生できる環境づくりを目ざしている。(写真(3))

行政に先行する市民活動

 英国の環境団体を訪問し、スタッフと話をして感じることは、政治に任せていては大切な環境は守れないという、強い政治不信が活動の原点になっていることである。彼らの仕事の性格からすれば、政治・行政との接点も出てくるわけだが、協力はしても、行政サイドにすり寄る姿勢は一切取らない。それをしてしまうと市民の支持が失われ、組織としての存在基盤が壊れてしまうからである。

 上でみた3団体がそうであったように、英国では市民活動が行政に先行するのが一般的である。市民活動を通して市民の対話が始まり、新しい価値観が生まれ、社会が変わり始める。行政の対応はそれから、というのが英国における市民と行政の基本的な位置関係である。

ヘリテージ環境の保全

【写真(4)】セブン・バレー鉄道の蒸気機関車と駅舎
【写真(4)】セブン・バレー鉄道の蒸気機関車と駅舎

 最後に、運河と鉄道の復旧活動について紹介しておきたい。英国では18世紀末から運河の、そして19世紀中期からは鉄道の全国的ネットワークが形成され、産業革命以降の産業および都市発展を支える原動力となった。しかし、どちらも道路交通の発達とともに競争力を失い、衰退を余儀なくされてしまう。

 しかし、1960年代からレジャー的利用が注目され、運河と鉄道を復活させる機運が高まってくる。それをリードしたのが地元のボランティアだった。運河については売却されたり、埋め立てられたケースも多く、その復活物語には市民の不屈の努力を称えるものが多い。2000年以降だけでも320キロメートル以上の運河が再生され、加えて現在進行中のものは全国で100カ所を超えている。

 一方、市民が復活させた鉄道は「ヘリテージ鉄道」と呼ばれ、全国約150カ所で運行されている。筆者の近くでもセブン・バレー(Severn Valley)という復旧鉄道が走っている。1963年に廃線となったものの、2年後には50人の有志が復旧グループを結成。軌道を買い上げ、蒸気機関車や客車を買い取り、時間をかけてオリジナルな形で内装などを復元させてきた。26キロメートルの沿線には6つの駅があり、これらも募金活動やボランティアで修復され、地域の歴史を象徴する景観要素となっている。機関士も車掌も、そして駅長もすべてがボランティアで、年間約25万人が利用する。(写真(4))

市民が環境を守ることの意味

【写真(5)】永久保全されている自然海岸線
【写真(5)】永久保全されている自然海岸線

 市民が環境を守るということは、そこにある歴史や文化なども一緒に守ることであり、自分たちの存在そのものを守る運動である。ナショナル・トラストが所有する景勝地や建物を訪れると、なるほどこれが英国人が愛する環境なのかと納得させられる。100年以上におよぶ市民の思いの積み重ねが、そこの環境から伝わってくるからだと思う。(写真(5))

 市民の環境活動が、市民社会の成長と連動していることも見逃せない。課題を見つけた市民が運動を起こし、他の市民を説得して支援を引き出し、運動を拡大させていく。市民団体の成功は、市民社会の成長の証でもある。英国社会が未来に対して楽観的であり、自信に溢れているように見えるのは、自分たちで大切なものを守ってきた歴史と無縁ではないはずである。


 これまでの長年の努力にもかかわらず、野生生物の大幅な衰退を示すデータが最近公表された。また、プラスチックによる海洋汚染といった新たな課題も報告されている。行政の関与はもちろん不可欠だが、かといって行政が主導するスタイルは英国社会に馴染まない。それだけに市民の、そして市民社会の成長が、これからさらに期待されることになる。

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