キャリアを磨きたい、一生の仕事を見つけたい、そんなアクティブな女性へパワーを与えられたら。
何かを目指してひたむきに頑張ったり、自分の仕事に情熱を注いで生きる、輝いてる女性に注目しました。


小島 典子/ステンシルアーティスト
アトリエクレモラァタ代表。全米ステンシル協会(SALI)誌“The Artistic Stenciler”において1997年日本人で初めて表紙と巻頭を飾る。2002年クレモラートRによるトロンプ•ルイユ(だまし絵)作品掲載。06年ボタニカルクレモラートCのポストカード掲載。「四季彩ペインティング」にて『セオレムステンシル講座』連載。
ホームページ  http://www.cremolato.jp/




 「クレモラートR」ってご存知ですか?イタリアンドルチェがお好きな方は耳にしたことがあるかもしれません。手作りフルーツシャーベットのことですが、私のオリジナル型染めも「クレモラートR」と名付けました。それはシャーベットのように柔らかい色合いやグラデーションが特徴で、心のこもった手作り感を伝えたかったからです。
クレモラートR進行中

集中してます!

ステンシルは、型染めです。気軽に楽しめるものからプロ が手がけるものまで、広く親しまれています。一般的なス テンシルは、ブリッジと呼ばれます

 今から20年程前、古くなった家具を塗り直そうと、東京都の自由が丘に材料を買いに出かけたときのことです。駅周辺の雑踏から少し離れた所まで歩くと、古い3階建ての洋館が見えてきて、その雰囲気に何となく惹かれて入ってみました。漆喰の壁に照明を落とした店内は、ポプリの香りが漂う中、当時まだ珍しかったアンティーク家具や雑貨、ドライフラワーなどが並んでいました。
 ふと、花や動物などがくり抜かれている真鍮の型に目が止まりました。「これは何かしら?この型の中にペイントを塗ったらかわいい模様が描けるの?やってみたい…」それは、ヨーロッパからアメリカに渡った移民たちが、漆喰壁に描いた素朴な連続模様「ステンシル」との出合いでした。
 そんな出合いがきっかけでステンシルを習い始めました。ペイントを型の中に丁寧に擦り込んでいって、恐る恐る型を外して完成したときの感激は今でも忘れません。
 また色彩にも興味を持ち勉強し始めると、今まで何気なく描いていたときは分からなかったのですが、光の当たっている部分の色や影の色、色の組み合わせにもルールがあることが分かり、ステンシルに生かしていきました。すると徐々にステンシルを模様という捉え方だけでなく、もっと絵画的に描いてみようと、オリジナルの工夫を重ねて「クレモラートR」が誕生したのです(※参照)。
 
オリジナル技法に「クレモラートR」と名付けたためかどうかは分かりませんが、その後イタリアは私にとって、ますます縁の深いものになっていきました。中でも5年程前、初めてイタリアで農園の施設に壁画を描くことになって訪れたときのことは、今でもよく思い出します。
 レオナルド・ダ・ヴィンチ空港から北へ向かうとやがて広がる豊かな田園地帯、トスカーナ地方。夜の9時過ぎというのに夕焼けが海岸沿いに広がり、複雑な虹色がミッソーニのニットのようで、“イタリアにやって来た”という思いが一層募ったのを覚えています。「この色は日本じゃ見られない…空気の違いかな」などと思ったものの、迎えに来てくださった農園のオーナーさんの心地良いハンドルさばきに熟睡…夢心地で到着。そこで迎えてくれた特製スープは、自然の恵みと温かな心遣いが溶け込み、疲れた身体に最高のごちそうでした。
ナポリ街角にて

 この農園はローマとフィレンツェの間にあるスヴェレートという小さな町にあり、アグリトゥーリズモ(農園の宿泊施設)で田舎暮らしを体感することができます。料理は採れたての野菜、魚や肉などの素材を生かしたものが多いのですが、すべてがおいしく、今までに食べたイタリアンがごく一部であったことを認識させられました。

セオレムステンシルの中でも、自然な色彩で立体的に表現するために 色彩学を取り入れ、グラデーションを生かし完成度を高めたものがク レモラートです。また、ボタニカルクレモラートRとは、クレモラー ト技法で描かれたボタニカルアート(植物精密画)のことです

ステンシルに対して、ブリッジをなくしたものがセオレム ステンシルです。型を数版重ねて作成し、見た目も絵画に 近い印象となります

 次の朝、壁画を描くワインのインタビュールーム(試飲室)へ案内してもらうと、想像よりずっと広く、高い天井から黒いアイアンのシャンデリアが下がっていて、壁は白い漆喰、ドアなどの建具はさすがイタリアと思わせる重厚な木製でした。テラスや窓からは陽が降り注ぎ、見下ろすとブドウ畑とオリーブの木々やイトスギがあり、そこはまさしくトスカーナの丘でした。滞在期間を考えて、数種類のブドウ模様の型をカットして持って来ましたが、問題はそれをこの部屋にどのようにアレンジするかです。まず入口正面にある窓をメインにして、あとは部屋の上部にグルっとリズミカルに描くことにしました。「とりあえず控えめに。加えることは簡単だけど、引くのは大変だから」は施工時のいつものセリフです。しかもこの部屋の主役はワイン、試飲するお客さま、そして絵ハガキのようなトスカーナの風景なので、目立ち過ぎず存在感があるようにしたい…と思い巡らせているところにオーナーさんがいらして、「どうぞ、ご自由にやってちょうだい。じゃあね!」と週末モナコで開催されるF1グランプリに出かけて行かれました。
 さて、週が空けていよいよ本番。メインとなる窓から始めてみると、多少の凸凹感はありますが、筆さばきは良好です。最近の施工では、壁紙やビニールクロスにペイントした土台が多かったので、ほど良い吸湿性のある漆喰壁はうれしい感触でした。ペイントの色は景色や調度品の色に馴染むようなグラデーションで、タッチはやや軽くブドウの香りが漂うような感じにしようと、全体のバランスを見ながら3日間で仕上げました。その間、農園で働いている人や近所の人たちが、代わる代わる興味深げに見に来ては話しかけてくれます。オーナーさんも戻られ、仕上がった壁を眺め、気に入ってくださったようで、ホッとしたものでした。
 あれから毎年、この農園のいろいろな施設に、ステンシルやクレモラートRで壁画を描かせていただいています。ガリレオが天体観測をしたという澄み切ったトスカーナの空を突く背の高いイトスギや、陽の恵みをいっぱいに浴びたブドウやオリーブたちは、きっと今日もキラキラ輝いていることでしょう。そんな素晴らしい環境の中に自分の作品を残せて、とても幸せに思います。
薄紫色のレース模様 子犬のサンタ
クレモラートRによる風景画「モンテプルチアーノ」

クレモラートRによる風景画「農園の夕暮れ」


 現在、田園調布・銀座・神宮前・鎌倉でクレモラートR定期教室を開講し、専門学校の色彩講師になり、クレモラートRによる壁画や絵の仕事をいただくことで、多くの人と出会い、作り上げる喜びや達成感を味わうことができるようになりました。専業主婦だったころとはまた違う環境にいると感じています。仕事で家を空けることもありますが、休息や家庭とのバランスを大切にして、いつも完成度の高い作品を目指したいと思っています。
 今年3月に表参道で作品展を催した際、突然大学の先輩が現れて絵本の挿絵を依頼されました。これもまた偶然とは思えない素敵な出会いです。今度はその作品を「イタリア•ボローニャ国際絵本原画展」に出展してみようと、秋の完成を目指している最中です。やはりまたイタリアに行くことになりそうですね。

※クレモラートR=cremolato(イタリア語)は、本来、果物を凍らせて作るシャーベットの意だが、その柔らかいトーンやグラデーション、手作り感から画および術に名付けられた。またイタリア語のcr=creare(創作する)の略とmolato(カットされた)から型を切って創作する技法の意味も。
home > news&view top