宮城大学 事業構想学部 教授
  (ながまつ さかえ)
  永松 栄さん

1982年東京芸術大学美術研究科修了後、2年半ドイツ・シュトゥットガルト大学等で実務研修。2007年より現職。NPO団地再生研究会事務局長兼務。

 

■産業革命後の劣悪な勤労者住宅

【図1】19世紀後半ロンドン貧民街の版画

 都市における勤労者住宅の問題が起こったのは、産業革命後のことだ。19世紀中ごろには、欧米先進国で工業化が進み、工業都市周辺部から都市に労働力が集まるようになる。こうした工場労働者などをあてこんだ地主が、安普請で問題の多い賃貸住宅を建設して儲けるようになる。
 
 19世紀半ばごろヨーロッパ都市がコレラの流行にみまわれたため、自治体や地方行政庁が都市部労働者の生活実態調査を行った。その結果、労働者用賃貸住宅の間取り、衛生施設、採光、通風などの条件が極めて劣っていることが明らかになった(図1)。 


■健全な勤労者住宅地の実現方法の模索

【図2】ハワードたちが建設した現在のハムステッド田園郊外団地

 産業革命の進展と前後して、先進国では市民革命を経て近代国家が生まれる。この近代国家は、土地や産業資本を持つ人々に、自由な経済活動を認める「放任主義」をとった。このため、労働者の生活を困窮させる家主のふるまいも合法と扱われた。

 こうした中、イギリスのハワードは、事業組合の仕組みを使って、一般勤労者が良好な住宅に住めるような事業スキームを考案し、「田園都市」と名付けて1902年に発表した。

 まず、公募により出資金を集めて住宅地開発会社を設立し、自治体や大地主から住宅用地を借地して宅地開発を行う。次に各々の画地の建設組合に、土地を借地で貸出し、住宅を建設してもらう。さらに、建設組合がつくった住戸を居住者に賃貸しするという仕組みだ(図2)。

 日本の区分所有マンションも組合員が共有するという仕組みをまねた住宅だ。しかし、区分所有マンションの場合、区分所有者が区画の権利を持ち自由に売買できる。これに対し、欧米の組合住宅はあくまでも組合という人格が建物の権利を握っている。


■福祉国家と公共住宅団地

【図3】グロピウス設計のテルテン団地平面図
【図4】テルテン団地の施工説明図

 ヨーロッパ先進国では、第一次大戦後、都市計画や住宅政策の分野で、自由放任主義の過ちを認めた。19世紀の終わりから住宅の基準づくりが進んだが、戦後ドイツでは、従来の「建築の自由」が「公共福祉に役立つ範囲での義務付自由」に転換する。また、第一次大戦の戦勝国イギリスは、この時代から福祉国家を目指し始める。

 こうして、戦後の都市復興にあわせて、公共住宅団地が本格的に建設されるようになる。

 ドイツ人建築家グロビウスは、各住戸が平等に良好な環境条件を得られるような住棟配置を実践し、工場で生産した部材を組み合わせて住宅を建設する方法を試みた(図3、4)。また、スイス人建築家ル・コルビジュエは、勤労者のための都市機能として「居住、勤労、余暇、交通」をあげ、「緑、太陽、オープンスペース」をスローガンに掲げた。 

 このような住宅団地は、1960年前後から日本で建設が本格化する公共住宅団地に影響を与える。

 残念なことに第二次大戦後の日本の法制度づくりは、土地所有者に対して建築に関する絶対的な自由を与えてしまった。このため、計画的に土地建物を誘導して都市空間を形成することが難しくなった。その中で、気を吐いたのが政策的に実施された公共住宅団地建設だった。


■都市成長の限界と公共住宅団地の再編

 1790年代オイルショック前に、先進国の住宅需要は満たされ、概ね賃貸住宅が大量建設される時代が終わる。

 そのころ、アメリカ、セントルイスのプルーイット・アイゴー団地では、住棟数棟がダイナマイトで管理者により破壊された。理由は、空家発生と治安悪化の悪循環を断ち切るためだった。

 80年代イギリスではサッチャー政権が誕生し、従来の福祉国家路線を改め世界を驚かせた。日本においても、1980年代以降、大都市を中心に都市計画規制が緩和され、民間主体の住宅供給の時代に入っていく。

 90年に東西ドイツが統合した結果、東側の都市から労働力が西へ流出する現象が起きた。東側都市の公共住宅団地で空家率が増加し、住宅経営と治安維持の危機に直面している。この問題への対応として、空家率の高い住棟を取り壊しながら、オープンスペースを豊かなものにし、全体的に住環境を改善する再生事業が多く見られる。


■日本の比較的古い集合住宅団地の問題

○コミュニティーの問題
 高齢化が進む居住者コミュニティーにとって大問題となっているのは、エレベータがないことだ。また、団地によっては、構造上、大地震時に不安が残るものがある。

 長期的に見たコミュニティーの問題としては、交通に関する立地条件が劣っているところを中心に居住者確保が難しくなる。この傾向は経営圧迫、管理低下、居住者転居の悪循環を引き起こすだろう。

○住宅性能の問題
 住宅性能問題として顕在化しているものに、バリアフリー化の遅れ、住戸面積不足や間取りの陳腐化がある。今後、問題視されるものには、省エネ化の遅れ、浴室・トイレ・キッチン回りの陳腐化、外観・内観の陳腐化がある。

○団地経営目的の問題
 現在、進められている自治体公社や都市再生機構の団地再生は、簡単に言うと、既存の建物を取り壊して、敷地の半分を民間マンション開発業者に売却し、残りの半分の敷地に従前の2倍の密度で新しい賃貸集合住宅を建設するというものだ。

 長期借入がいらない団地再生スキームであるが、そもそも、一団の集合住宅地として管理されることを前提にした土地を複数に割ることを許してよいのだろうか。これは公共福祉的な目的を持った住宅地の半分が、自由放任を前提とした住宅地に変わることを意味する。

 区分所有マンションでも、団地再生が必要になったときのことを考えるべきだ。区分所有権の売り買いについて、組合は深く関与できない。このため、次第に、住宅所有について違った目的を持つ人の集まりになって、合意形成ができない状況になる恐れがある。長期的視点では、経営方針の決定の物差しとなる管理規約をチェックし、必要な機能を付加することも必要かもしれない。所有目的が共有できていなければ、区分所有を前提にしている以上、経営不能になるリスクが存在するはずだ。


■集合住宅団地の利点

○都市計画的な利点
 第一に日本の市街地の中では珍しく、きちんとした社会福祉的目的を持ち計画された空間であることが利点だ。これは、鉄道利便性を考慮した立地条件、緑化されたオープンスペース、恵まれた共用施設などに端的に現れている。

○コミュニティーの利点
 居住者コミュニティーの利点としては、一戸建て住宅地に比べて人口密度が高いことがある。このことは、人口減少社会で都市管理を考えるとき、重要なことだ。また、自治会や管理組合といったコミュニティー母体の結束が固く、うまく共用施設を管理していることも利点だ。

○経営面での利点
 経営面でも、建設段階から長い時間が経過しているので、所有に関する経済負担が軽くなっているという利点がある。


■団地再生の展望 

【図5】豊かな緑に囲まれた現在のベルリン・インターバウ団地

○地域に対する意義認識
 人口減少社会においては、既存コミュニティーを重視することが重要になる。従って、住宅需要を過剰に見込み、既存コミュニティーを阻害するような再生計画は慎むべきである。また、集合住宅団地には、その周辺の住民も利用できるオープンスペースやコミュニティー施設があり、こうしたものは、一種の公共財として管理しつづける必要があるだろう(図5)。このあたりの考え方は、自由放任経済時代の労働者住宅問題を経験したヨーロッパと日本では温度差がある。

○総体としてのコミュニティーと団地

 もともと共有地という概念は、皆にとって大事なものはバラバラにせず、一体として皆で管理しようという発想に基づいている。団地の土地を「分割して市場化することの経済的合理性」と「一体的にまとまった土地の価値を保全すること」は、常に秤にかける必要がある。特に経済成長が鈍化する状況下では、団地を共有地に見立てて守るという考え方が重要視されるだろう。

○住宅再生の展望
 住宅再生の入口としては、バリアフリー、安全・安心、時代に適応した住戸面積確保が必要になる。加えて、地球温暖化ガス排出削減のための省エネルギー化、未利用エネルギー活用、緑地の維持保全などの目標を加える必要がある。

 住宅ストック活用が、当たり前の時代がくるとすれば、住むための家は借りる。そして不動産の権利を持つことは、資産運用の一つと考える。このような割り切りが一般化する可能性もある。

 こうした場合、不動産資産を管理する側は、今後、強まるであろう省エネルギー水準への対応策として、設備系統を適当な年限でリース調達し、性能アップにあわせて交換することもありえる。また、ヨーロッパなどでみられる、賃貸居住者の個人嗜好にもうまく対応できる住宅システムも射程に入ってくるだろう。

 



団地再生研究会URL
www.danchisaisei.com
団地再生産業協議会
www.danchisaisei.org

団地再生まちづくり2
よみがえるコミュニティと住環境
編著/ 団地再生産業協議会
NPO団地再生研究会
合人社計画研究所
定価1,995円(税込)/水曜社
ライネフェルデの奇跡
まちと団地はいかによみがえったか
著著/ W.キールほか
日本版監修/ 澤田誠二,河村和久
定価3,885円(税込)/水曜社

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