都市・建築研究者
(こやま のぶひろ)
小山 展宏さん
1976年神奈川県茅ケ崎市生まれ。日本とデンマークで建築設計、まちづくり、各種研究活動に従事している。工学院大学 社会システムデザインプロジェクトアーキビスト、生活構造研究所 研究員。
あんしん電話システム実験を行っている松戸市常盤平地域にある常盤平団地
■団地が抱える問題
かつて高度成長を支えた団塊の世代が、都心へ通勤するベッドタウンとして明るい希望の元に入居したのが団地を含む都市近郊の住宅地域です。しかし現在では高齢化・老朽化の危機に直面し、同時にお年寄りの孤独死問題が取り上げられるようになり、その取り組みが全国で始まっています。
約77万戸の賃貸住宅の家主であるUR都市機構は、従来の団地建替事業に加えて大規模改修や敷地の有効利用などの組み合わせ、地域に開かれた団地として福祉と一体化させ空室を小規模多機能や介護施設、診療所などに利用するといったことなどを検討しています。また1970年代以前に建設された団地や民間マンションが合計で334万戸もあり、現在抜本的な改善を必要としています。これらは国土交通省や地方自治体の管轄ではありますが、健康維持・医療・福祉などの領域を含め、どのように総合デザインを行うかが課題となっています。
一方で2006年10月時点でのわが国の65才以上の高齢者人口は2660万人であり、高齢化率は20.8%となっています。その中でも一人暮らしのお年寄りは405万人もいて、高齢者全体の15.1%を占めています。2015年にはこの高齢者世帯は約1700万世帯に増加し、そのうち一人暮らし世帯が約570万世帯(約33%)に達し、2025年には680万人に達すると予測されています。しかし昨今の未婚率や離婚率の増加、少子化や核家族化の進行で実際にはこの予測よりもさらに増えるであろうとも言われています。
このような状況の中で、一人暮らしのお年寄りをどのように支えていくかは団地を含め現在の日本が抱えている大きな課題です。一人暮らしのお年寄りを取り巻く家族や地域のさまざまな人たちが彼らを見守っていくことが望ましいことではあるのですが、現実には人員不足や、家族が離れた場所に暮らしているという生活体系の制約、サービス従事者のオーバーワークなど多くの問題が生じています。
「一人暮らしあんしん電話」システムの 処理フローの作成例
「一人暮らしあんしん電話」の概念図
■あんしん電話システム
このような社会的背景から、2006年4月より工学院大学で田尾陽一客員教授を中心に社会システムデザインプロジェクトという研究会が立ち上がりました。この研究会では、現在の日本の高齢化社会における都市近郊の団地やその周辺の生活者を対象に、建築・都市計画、IT技術、医療・介護・福祉、法律、政策科学、経済などのさまざまな分野の専門家が協力して、新しいデザイン方法論を構築しながら、IT技術・センサー技術などを利用した住まい手が安心して生活できる
“ まち”の環境を整備し、健康維持・医療・介護システムを含む新しい地域でのしくみを開発することを目的としています。 研究会で検討を重ねていく中で、私たちは千葉県松戸市で開業している堂垂伸治医師と出会いました。堂垂医師が活動している松戸市には昭和35年に完成した常盤平団地や牧の原団地、小金原団地などの団地が建てられており、現在はその老朽化と住民の高齢化が問題となってきています。
堂垂医師はご自身の現場での活動から、日常の診療などでも独居高齢者問題への対応に苦慮され、2006年に一人暮らしのお年寄りの抽出と患者への安心感を提供することを目的に看護師による電話連絡での定期的な安否確認を行いました。しかし実際に行ってみると電話での個々の対応では看護師やスタッフの負担が増えるといった問題や、電話を受ける側も平常時には反応も煩雑であり、必ずしも全員に歓迎されるといったことがありませんでした。このことから、堂垂医師は今の時代には密な関係よりもむしろ「淡いやり取り」の関係を作る方がよいのではないかと考えました。
そこでこの現場の状況や、常盤平地域で活動している孤独死防止センターや地域住民からの意見や提案を聞いた私たちは、堂垂医師の活動をサポートできるような技術的支援の検討を開始しました。その一歩として、電話でのネットワークを利用した「一人暮らしあんしん電話」システムを開発し、実際に実験を行いました。
この「一人暮らしあんしん電話」は、堂垂医師の提案をもとに工学院大学情報学部の管村昇教授とその研究室が開発をした技術システムで、コンピュータと電話機能を利用し、一人暮らしのお年寄りの状況をかかりつけの医師や介護支援者が見守るものです。
このシステムでは高齢者が電話をかけるのではなく、地域のかかりつけ医からの発信を基本としています。そして医師や看護師が電話をかけるのではなく、コンピュータによる自動発信であるため、簡単な操作で事前に設定した日時でのタイマー発信が可能です。医師や看護師が診療所でほかの患者へ対応中でも運用が可能であり、医師や看護師の手を煩わせることがありません。受け手である一人暮らしのお年寄りが電話に出た場合、医師からのメッセージが再生され、彼らは自分の健康状態をプッシュホンの操作で入力します。
簡単にその流れを説明します。
a、発信者(以下、医師)のコンピュータに受け手側(以下、患者)の連絡先電話番号を登録する。
b、医師が問い合わせのメッセージを録音する。
c、設定した時間に患者に自動的に電話がかけられ、bの録音メッセージが流れる。
d、メッセージを聞いた患者は電話のボタンを押して返答をする。例:1.大丈夫、2.体調不良、3.要連絡
e、医師はその結果の一覧をパソコン画面で見ることができ、反応があれば対応を行う。
このシステムでかかる費用は医師側の初期の機器導入費と電話代だけで、お年寄り側の費用負担はありません。またお年寄り自身が発信することもありませんので、うっかり連絡を忘れたなどといったことも起こりません。さらに固定電話だけではなく携帯電話への発信も可能ですので、登録をすれば外出中でも受信することができ、電話を受信するために自宅に拘束されることもありません。
多摩市の在宅高齢者の健康度と生活シーン
研究会では多摩ニュータウンでの実態を探るべくフィールド調査を行っている。
図は在宅高齢者の健康度と生活シーンの見取り図
研究会が考える地域あんしんシステムの将来構想図
■あんしん電話システム実験の結果
2007年より開始したこのシステムの開発は、まず堂垂医師が医院に通院されている独居高齢者の方108人(男性25人、女性83人)にアンケートを行い、実験参加の承諾を得られた71人(男性11人、女性60人)を対象に7月から実験を開始し、2008年1月現在も運用中です。ちなみに参加者は65才から88才まで、平均年齢は76.8才です。 また電話の希望頻度は「月に1回」が55%、「週1回」が35%、「週2回」が10%で、「毎日」を希望する方はなく、平均すると10.5日に1回を希望していることになります。
実験は2008年の3月までを区切りとしているためにまだその最終的な成果は出ていませんが、導入3ヶ月後に堂垂医師が行ったアンケート調査では「見守られている感じで安心ができる」や「一人暮らしには心強い」といった高い評価を得られています。
またこれまでに「体調不良」を訴えてきた方は7人で8件、「連絡がほしい」と連絡があった方は2人で2件でした。これらに対してはその反応をパソコン画面で見た堂垂医師が速やかに連絡を行い、それぞれの相談に対応して患者の不安を取り除くことができました。
このシステムでは、実際のデータ以外に利用者が「連絡を取りやすい気持ちになる」「肉親以外に見守られている安心感がある」「医療機関が見守っているという安心感がある」といったソフト面での効果も得られており、一人暮らしのお年寄りの孤独感を癒し、「重層的な見守り」を行うための有効的な手段になると感じている、と実際に活用している堂垂医師は言っています。
■団地再生への導入
この「一人暮らしあんしん電話」は医師を中心とした地域の一人暮らしのお年寄りへのサービスシステムですが、さらに発展させたこのような技術を、例えば配食サービスや買い物代行サービスなどといった生活サービスに活用し、団地再生など社会の中のさまざまなしくみに役立てていけないだろうかということを研究会では模索しており、現在は多摩ニュータウン地域での実践に向けての取り組みを始めています。
団地再生・地域再生を考えていった時、建物などのハードな部分の提案だけでは再生はできません。エリアマネージメント、開発・運営・再生の一体化、コミュニティや社会の関係の充実などのソフト的な面も考えていかなければいけません。そして住まい手が健康維持・医療・介護においても安心のできる、地域でのあんしんシステムを考えてデザインをしていくことが何よりも重要なことであると私たちは考えています。
工学院大学社会システムデザインプロジェクト
www.kogakuin.ac.jp/ssd/
団地再生研究会URL
www.danchisaisei.com
団地再生産業協議会
www.danchisaisei.org
団地再生まちづくり
建て替えずによみがえる団地・マンション・コミュニティ
編・著/
NPO団地再生研究会
合人社計画研究所
定価1,800円+税/水曜社
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