建築家・関西大学環境都市工学部建築学科教授
 (えがわ なおき)
  江川 直樹さん

1951年三重県生まれ。早稲田大学建築学科卒業、同大学院修士課程修了。現代計画研究所大阪代表。日本都市計画学会賞(計画設計賞)、都市住宅学会賞、関西まちづくり賞、日本建築士会連合会賞 他

■団地からマチへ
 団地の再生、特に、集合住宅団地の再生は、老朽化した住戸内の改善といった建築としての改善だけでなく、マチとしての再生という視点が重要です。団地という概念には、一種のユートピア的発想があり、周辺の環境からは隔絶された良質な環境を持つ一団の敷地環境という狙いがあり、周囲の環境との連続性はさほど目標とはされず、いわば、閉じた環境形成が求められていました。また、多くは、周辺が未整備なところにつくられていました。従って、その後、周囲に形成された住宅市街地との連続性に乏しく、むしろ、広範な地域の中でその市街地としての連続性を分断し、マチとしての一体性を欠く結果となってしまった例も多いのです。さらに、団地がつくられた背景を考えると、当時として求められた効率追求、合目的型のものが多く、偏った人口構成の住環境となっている例がほとんどで、熟成というよりは衰退傾向がより強く見受けられるようになっています。団地再生という言葉に込められた視点には、このように閉鎖的で疲弊した住環境エリアを、住戸の改善と併せて、良好で持続力のある住宅市街地に改善していくというところが大きく、つまり、『団地からマチへ』という視点が求められます。

■団地から街区へ
 そういった意味で考えると、街区(がいく)という敷地単位で考える視点が重要です。街区とは、一般市街地を形成するまとまった敷地単位で、従来の団地の大きすぎる一団の敷地とは異なり、適切に配置された公共の街路によって囲まれ、人間の生活スケールに即して適度に分節された敷地単位なのです。この街区という敷地単位に対し、建築(住宅)がどのように配置され、「マチ」が形成されるべきかが、住宅でマチをつくっていくときに重要な視点なのです。『団地からマチへ』とは、『いかにして住宅でマチをつくっていくのか』という視点でもあるのです。

街区に面して住棟を配置し、メインの道路沿いは四層+ペントハウス(屋上の住戸)といった中低層棟とし、その背後に塔状の高層棟を配する。浜甲子園の広く気持ち良い青空が感じられるタウンスケープ。
■タウンスケープ
 私は、住宅とマチのあり方を考える上で、「タウンスケープ」という視点が重要だと考えています。タウンスケープは、建ち並ぶ家々でつくられる都市景観という意味で、「まちなみ景観」といった視点ですが、それは決して表面の見え方だけを言及するのではなく、人々の生活の背後に潜む本質が表出した結果の、生活そのものの総体的な風景を意味し、そのためには、そういった生活の舞台となる環境の骨格が重要になります。建ち並ぶ家々が協調してつくり出す環境の骨格性は、それぞれの建築(住宅、集合住宅)がどのようにマチと付き合いながら建っているかということの中で実現できるものなのです。
 私は、タウンスケープを考える上で、つまり、それぞれの建築が考えるべき視点として、「親街路性」と「親空性」という2つの視点が重要だと考えています。

■親街路性
道路沿いの1階住戸は、すべて道路から出入りできる専用庭を持っている。専用庭は、落下防止の庇とあいまって平屋が建ち並んでいるようで、ヒューマンな界隈性を創り出している。
道路沿いには、道路から出入りでき、プライバシーを守りつつも、人気(ひとけ)の感じられる平屋のような構造の専用庭が設けられている。
 「親街路性」とは、建ち並ぶ家々が、いかに街路、道路空間と親しめる関係性を持ちうるか、という視点です。近年流行のオートロックマンションも良いのですが、閉鎖的になりすぎると建物とマチとの関係性が希薄になってしまい、結果として貧しい街路空間になってしまうのです。その上で、パブリックな空間をいかに、マチの中に配置していくのか、パブリックな空間は誰のもので誰が維持管理していくのか、プライベートな空間はパブリックたりえないのか、などの視点から、親密さの感じられる、結果として安心安全な「人気=ひとけ」の感じられる市街地の道路空間、まちなみ空間を、集住空間のデザインとしてつくっていくことが重要だと考えています。

■親空性
 「親空性」とは、いかに空と付き合う生活環境を形成するか、その結果として、いかに空と付き合う都市景観を形成するかという視点で、言い換えると屋根並みの視点です。古今東西、美しく魅力的とされる都市や集落の屋根並みを思い浮かべるとき、そこには、低く平坦なだけであるというよりは、美しいリズムや適切なプロポーションによる変化ある屋根並みが存在していました。空との境界が、横一直線の町並みではなく、大きな伽藍(がらん)や教会、神社仏閣や市庁舎の塔、広場を望む塔、あるいは民家の屋根でも同様に、変化ある屋根並みの都市景観があったのです。これに対し、現在の高さ規制は、日照条件が主たる要因であり、物理的に決められた、つまりデザインの視点ではなく決められた斜線による醜いとも言える屋根並み景観を創出し、あるいは、大きな規模のマンションが、住宅市街地の空並みを横一直線に切り取ってしまうという、暴力的とも言える景観を創出してしまうことになっています。また、心ある地区の住民は、地区計画などで地域の高さを規制するのですが、容積率とのバランスを考えないと、低いが隙間のない、風通しの悪い都市環境を創出してしまう危険性もあるのです。特に、高建蔽率地区においては、暮らしにくい住宅環境となることが危惧されます。

■浜甲子園さくら街(建て替え一期)
 浜甲子園さくら街は、阪神間に位置する、旧公団住宅団地の建て替えのプロジェクトで、2005年10月末に一部が竣工し、入居が始まって1年半ほどが経過する集合住宅街区です。この集合住宅街区は、旧公団住宅の建て替えであることから、高齢者も多く、ヒューマンで人間性の高い生活環境、親密な生活環境の実現を目的としています。住宅とマチの親密な関係、親しげな関係、安心安全感のある関係性の具現化が求められ、住宅市街地の町並みを形成する集合住宅街区の実現が目標とされました。浜甲子園独特の雰囲気ある歴史を次代へ継承しつつ、郊外型の団地から、都会的な多様性・機能性を備え、広く地域との一体感のある住宅市街地へと、新たなまちづくりを目指すこととなり、海に近いアーバンリゾート的な特徴を活かし、健康的な雰囲気を併せ持つ、気持ちの良い住宅市街地へと展開することが目標とされたのです。
中低層のまちなみの上部に、塔状の高層棟が混じるデザインは、一般的な高さ規制に従うだけでは実現できない。
原っぱのある街区の内部も、デザインされた低層の自転車置き場などが、ヒューマンで気持ちの良い空間を創り出している。
 そこで、浜甲子園の街にふさわしい、大きすぎないボリュームの実現を目指し、高層棟を細い搭状のものとして中層棟と混在させ、浜甲子園の気持ちの良い、広い青空が感じられるように提案しました。従来の建物の高さイメージを継承するべく、バス通り沿いには高い建物は建たないようにして、その背後に搭状の高層住棟を配することにしました。さらに、市街地からの道が団地で分断されていたものを新しく再編し、鳴尾川(新しく河岸プロムナードとして再整備される予定)まで延びる公共の道として整備し、その道に沿って建築が建ち並ぶ沿道型、街区型の配置として、団地から住宅市街地への転換を目指したのです。沿道型の中層住宅は、ペントハウス(屋上の住戸)を持ちながら4層程度で建ち並ぶイメージに工夫しています。街区の内部は、昔から地区にあった桜などの樹木を残し、「原っぱ」の風景を創出しました。さらに、住棟への入り口まわりには、できるだけ小さなスケールの低層建築物を設け、ヒューマンスケールの界隈性の実現に努めました。街区道路沿いはもちろん、街区内部の中庭に面するところも含めて、すべての1階住戸に外部から出入りできる専用庭を設け、沿道や街区の中庭を歩く人々にとって、生活感が表出された安心安全で気持ちの良いヒューマンな風景が実現しています。
 沿道は、将来は住戸だけに留まらず、マチに開いたさまざまな用途に展開できるように考えています。ここでは、建物を道路から後退させ、その間を緑化するという一般的な考え方ではなく、むしろ、道路沿いに低層の壁面を設けても良いから、道路沿いに平屋の住宅があるかのような、そういった手法を採用して、道路から入ることのできる専用庭を1階住戸に設けることとし、住宅と道路との密接な関係性を築こうとしました。結果は、生活感や人気(ひとけ)が好ましい形態で表出し、ともすれば空虚になる集合住宅の足元をヒューマンなものにするのに成功しています。建物の壁面を後退させ、緑を植えるだけの公共性の向上ではなく、むしろ低層の住宅を近付けるという発想によって、より、安心安全な住宅地環境をつくり出しているのです。


団地再生研究会URL
www.danchisaisei.com
団地再生産業協議会
www.danchisaisei.org
団地再生まちづくり
建て替えずによみがえる団地・マンション・コミュニティ
編・著/ NPO団地再生研究会
合人社計画研究所
定価1,800円+税/水曜社