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本音のエッセイ

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341号 作家 三田 誠広さん

あいさつと〈開〉ボタン

作家 三田 誠広さん

作家 三田 誠広

三田 誠広/作家

1948年生まれ。武蔵野大学教授。日本文藝家協会副理事長。主な作品『僕って何』『いちご同盟』『永遠の放課後』『桓武天皇』『空海』『日蓮』『親鸞』『西行』『菅原道真』『道鏡』『聖徳太子』『白村江の戦い』『数式のない宇宙論』『実存と構造』など。

 集合住宅に住んでいる。エレベーターで地上に出る時、ボタンの近くにいる人が、開ボタンを押してくれることがある。人数が多い時や、子ども連れの人がいる場合には、その心づかいに感謝したいところだが、2人しか乗っていないのに開ボタンを押して、どうぞ、などと言われると、こちらも、あ、どうも、などと言って頭を下げることになる。これが何ともわずらわしい。2人とか3人なら、開ボタンを押さなくとも、自動でドアが開いている時間で、全員が降りることが可能だ。要するに、同じ住宅に住んでいるというだけの見知らぬ人と言葉を交わすのがめんどうなのだ。

 出口のところに、コンシェルジェと呼ばれる女性がいる。出かける人には、いってらっしゃいませ、と声をかけてくれる。帰ってきた人には、お帰りなさい、と声がかかる。そのことが分かっているので、こちらも、こんにちは、などと先に声をかけるのだが、そのコンシェルジェが書類の整理などをしていて、こちらが声をかけても、返事が来ないことがある。その空振り感が、少しつらい。

 住人同士も、すれ違う時に、こんにちは、などとあいさつする。たまに、こちらがあいさつしても、相手が無視することがある。その時も、空振り感を覚える。それでこちらも、あいさつするのがめんどうになってくるのだが、相手が声をかけてくれたのに、こちらが黙っているのも失礼だ。相手に先に声をかけられて、あわててあいさつするのも、みっともない感じがする。この人は、あいさつしそうな人か、黙って通り過ぎる人か、相手の顔色などを見て判断しようとしても、じろじろ相手の顔を見るわけにはいかないから、結局、タイミングを失してしまう。

 相手が子どもか、犬を連れている場合は、わたしは迷わず、こんにちは、と先に声をかける。相手ではなく、子ども、または犬に声をかけるのだ。小学生くらいの子どもなら、相手からも必ず返事が返ってくる。赤ん坊や犬の場合は、返事はないのだが、たいてい親や飼い主が返事をしてくれる。万一、返事がなかったとしても、こちらは赤ん坊や犬にあいさつをしたのだから、返事がなくてもあたりまえで、空振りした感じはしない。

 集合住宅に住んでいると、いろいろと気疲れすることが多い。

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