トゲを抜かない親心

- 瀧津 孝さん/歴史エンターテインメント作家、日本史激動期研究家
- 京都市出身。中央紙記者を経て、フリーのジャーナリストとして独立後、歴史読本『乙女のための名将言行録』で作家デビュー。現在は小説家、漫画原作者。若者向け歴史ファンタジー小説、経済娯楽小説などの著書多数。日本史をテーマにした講演にも定評がある。
一般的な知名度は高くないけれど、戦国時代ファンの間で人気の高い武将に立花宗茂がいます。天下を統一した豊臣秀吉から「日本無双の勇将」と称され、筑後(福岡県南部)・柳川で約11万石を領した大名です。彼は九州の名門・大友家の重臣・吉弘鎮理の嫡男で、幼い頃から温厚、聡明、強健な“デキる子”でした。同じ重臣で名将の誉高い立花道雪から強く請われて養子となり、13歳の時に道雪と山歩きをした時の逸話が残っています。
季節は秋、宗茂は険しい山道をゆく途中、落ちていたイガグリを踏んづけます。当時の履物は、稲わらを編んだわらじ。クリのトゲは簡単にわらじを突き破りました。激しい痛みを感じた宗茂はその場に座り込んで足の裏を見ると、折れたトゲが深く食い込んでいます。宗茂は同行していた道雪の家臣に、トゲを取ってくれるよう頼みました。家臣は道雪の顔を見てすぐにその意向を察し、宗茂の足を手に取ってトゲを抜くかと思いきや、逆にそれをさらに深く突き入れたのです。恐らく飛び上がるほど痛かったと思われますが、宗茂はその状態で山歩きを続けさせられ、成人してから「あの時は大いに困った」と回想しています。
時は武将たちに生きるか死ぬかのサバイバルを強いた戦国の世。山歩きは、領内の地形を肌で覚え、軍事行動の訓練も兼ねたものでした。宗茂が成長し、戦場に出て戦うようになった時、合戦で敵の追撃を受けている状況でトゲを抜くため立ち止まるようなことをすれば、たちまち追いつかれ、首を取られるでしょう。いくら痛くても、命を守るためには進まねばならない。その非情なリアルを身をもって覚えさせるのが、戦国武将たちの“教育法”でした。
昨今の親は、子供を叱らなくなった、とよく言われます。もちろん体罰は論外だし、新卒で中央紙の記者として就職した際、当時は伝統的な徹底した縦社会で上司や先輩たちから毎日のようにひどいパワハラを受け、何度も辞めようと思った経験を持つ私は、感情に任せて怒鳴り、執拗な非難、人格攻撃をすることも断固否定します。
ただ、愛情に裏打ちされた叱責は別物です。子供たちは成長して社会に出れば、否応なく新しい環境に直面し、ギャップに戸惑い、人や組織の理不尽に苦しむことさえあるかもしれません。不満や不安にとらわれ、心が折れてしまう新社会人は少なくないのです。
若者がある程度の逆境や障害を乗り越え、打ち勝てる精神力を身につけるためにも、小さな子を“褒めて育てる”だけでなく、必要な時には“愛ある冷静な叱責”を行うことが、未来予測の困難な今だからこそ大人たちには求められているように思えてきます。
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