新しい“街の風合い”をデザインする
ガイドラインで紡がれる湯田温泉のまちづくり
- 光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所株式会社 西日本・岩国オフィス所長
原 一樹さん - 1985年茨城県生まれ。2009年首都大学東京(現:東京都立大学)都市環境学部建築都市コース卒業後、光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所に入所。2017年同社の西日本・岩国オフィス開設に伴い所長に就任、山口県岩国市に移住し現在に至る。
山口県山口市は室町時代、京都に次ぐ大都市の一つとして栄えていた。この地を治めていた大内氏が京都になぞらえて整備した街並みは美しく、その中でも、中心地に近く自然景観にも優れ、豊富な湯が湧き出る湯田温泉は、魅力溢れる場所として知られていた。
時は流れ、「白狐伝説の湯」「美肌の湯」としても広まり、なおかつ近代化と共に繁華街に隣接した都市型温泉としての利便性は向上したものの、かつてあった温泉街としての風情は徐々に失われ、魅力的な景観を形成することや観光客をさらに増やすことが急務となっていた。
湯田温泉ゾーン活性化プロジェクト「おもてなし西の京」
私たち光井純アンドアソシエーツ建築設計事務所(以下、JMA)は、2009年5月に山口市の委託を受け、まちづくりの企画立案に取り組み始めた。
地元の旅館・ホテルや飲食店関係者、市職員らと頻繁に議論を行う中で、JMAは地元の要望と行政の取り組み双方の調整役となって今後のまちづくりの方向性について検討・提案を行い、街並み全体に統一感が図れるように、まちづくりのガイドラインとして「おもてなし西の京」を策定した。色彩や素材の使い方、サインの統一などの整備後の具体的な街並みのイメージ図や模型などを作成し、それらを取り囲みながらワークショップ形式で活発な議論を交わすことで、街のみんなでつくり上げていった。
統一したデザインで街を整備する
ガイドラインでは、「そぞろ歩きが楽しめる」「心地よさを感じる」「風情がある」をコンセプトとして掲げ、まずは街全体のゾーニングを行い、それぞれの特徴を生かしながらも統一感を形成するための整備手法を検討した。木や石などの自然素材や、焼杉や土壁といった温泉街の情緒や人の手のぬくもりを感じさせる昔ながらの素材、さらには金属やガラスなどの都市的イメージを持つ現代的な素材を組み合わせた“湯田モダン”というこの地ならではの新しいデザインスタイルを定義した。
その後、JMAの設計による泉源施設「温泉舎(ゆのや)」で具現化されると同時に、バス停や駐輪場、公衆トイレ、街に点在する足湯などにおいても、われわれが直接設計に関わらずともガイドラインにのっとったかたちで統一的な整備が展開されていった。さらにこのようなハード面の整備にとどまらず、ガイドラインでは特産品や地酒を使ったイベントなど、街の活性化の起爆剤となるソフト事業も含めた提案も行われており、地元の方々が主体となったさまざまな企画によって実現されている。
「狐の足あと」―まちづくりのフラッグシップをつくる
2015年には湯田温泉観光回遊拠点施設「狐の足あと」がつくられた。施設ではこの街の文化の一つである足湯に新たな魅力を加えた「四季の湯」「言音(ことね)の湯」「窓辺の湯」という3種類の足湯を設置している。さらに、地元の食材を使ったグルメや地酒などを味わえるカフェ、展示・イベントスペースを併設し、地域の名産品や観光スポットなどの情報を発信する。
建物やランドスケープのデザインでも、周辺を取り囲む山並みや市内にある力強い渓谷にインスピレーションを受けながら、壁面や屋根の形状に特徴を持たせた新たな街のシンボルとしてふさわしいダイナミックなたたずまいを実現した。まさに“湯田モダン”スタイルのフラッグシップとして、街歩きの新たな出発点となっている。
街に広がる“湯田モダン”
「狐の足あと」完成以降もガイドラインにもとづく“湯田モダン”のスタイルは街全体へ広がりを見せており、公共整備のみならず、民間の事業者による自発的なまちづくりへと波及している。
一例として2016年に始動した「ゆだを明るくするプロジェクト」では、飲食店経営者を中心として、夜の景観づくりとしてJMA監修のもとデザイン提灯を設置し、明るく安心・安全な温泉街というイメージアップに寄与する取り組みが行われている。
さらには温泉の恵みを観光客だけでなく地域住民も十分に享受できるようにするべく、2025年には「湯田温泉パーク」という、大屋根のある広場や温浴施設、遊具のある芝生広場などを持つ施設が完成する予定である。JMAは本施設の設計にも関わっており、新たな街の財産として地域が誇れる施設の実現を目指し、これまで同様ワークショップなどを開催しながら、地域の方々と一緒につくりあげることを大切にしている。
さいごに
2024年に入り、山口市はニューヨーク・タイムズ紙「2024年に行くべき52カ所」にも選定され、今後ますますの盛り上がりを見せることが期待される。まちづくりガイドライン作成から15年あまりが経ち、歴史ある湯田温泉の雰囲気と“湯田モダン”のイメージが重なり合いながら、今後さらに醸成されていくであろう新しい“街の風合い”をたくさんの人に感じてもらいたいと願っている。
「地域再生を考える」編集委員会
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